働くことの意味がわからなかった人がやりたいことをやりきるまでの話
■自己紹介
初めまして!
酒井 瑛(サカイ アキラ)と申します!
このnoteでは私の経歴含めた自己紹介を書かせていただきます。
■略歴
東海大学体育学部を卒業後、複合機を直接販売するメーカーの法人営業として入社。
1年後に会社を辞め、高校からの夢であったスポーツトレーナーとして大学の体育会、プロチームと契約。4年間で大学、プロのラグビーチーム、大学アメリカンフットボール部、女子バレー部等と個人契約する。
その後、プログラミングスクールを運営している株式会社divに転職。ライフコーチとして、未経験からのエンジニア転職を推進する事業にてエンジニアの学習進捗管理等を行う。その後、リニューアル段階のデザイナースクール事業にてキャリアアドバイザー職に異動。未経験からデザイナーへの転職支援、部署全体での転職成功率アップのための施策、部署内の仕組み化を行う。また、副業でコーチング活動、複業として別のスタートアップ企業にて新卒向けのキャリアアドバイザーの仕事を行う。さまざまな働き方でキャリアを構築後、ポジウィル株式会社に入社。
上記のように、自分のやりたいことや活動ばかりのキャリアを築いていました。
しかし、大学生の時は「仕事をする理由がわからない」状態でした。
■働く理由がわからなかった新卒の就活
大学3年生の終わり。
急に「就職活動解禁」というワードが私の前に現れました。
「自己分析」「この企業良さそう」「何社応募した」
など...
周囲の同級生がどうしてそんなに会社を見つけてこれるのかも謎だったし、「大手だから安定」という風潮にも疑問を持っていたし、友人が「この会社はいい会社だから入りたい」と言ったとき、その「いい」の基準が理解できませんでした。
そんな疑問だらけの中、私はどうして働きたいのかもわからなくなってしまっていました。
いい会社は自分のことを幸せにしてくれるのか?その会社にとっての幸せとは何なのか?そもそも自分はどんな時に幸せに感じるのか?
わからない中でも就職活動の時間は流れていくばかり。それでも周りに置いていかれないようにと履歴書の作成や面接対策だけはしていました。ただ、これが何に繋がるのかが見えない中の準備だったので、モチベーションは皆無。なんのための時間なのかは結局わかりませんでした。
そんな中、たまたま行った会社説明会で、最後に社長から言われた言葉が自分の働く理由になりました。
「どうせ仕事をやるなら人のために働こうよ」
このためだったら働ける。人のために働こうと決意した瞬間でした。
その後は人のために働く機会がある会社を選び就職活動を行い、内定をいただき、人の幸せに貢献するために内定承諾しました。
■人のために働けると思っていた1年目
新卒では、複合機メーカーの法人営業としてキャリアをスタートしました。
「人のために働ける」
「たくさんの人のために仕事をしよう」
と意気込んでいました。
しかし、現実は甘くなくテレアポや商談で断られる日々。
人のために働きたい。目の前の人に貢献したい。
ですがうまく結果が出ず、自分のことを責め続ける日々が続きました。
「できていない自分が悪い」
「この商品がどれだけ良い商品かを伝えきれない自分がダメなんだ」
「もっと量をこなして早く成長しないといけない」
このようなことを考えていくうちに自分自身は営業もこの会社もあっていないと感じ、会社を辞めることにしました。
■どう生きたいかを考えたメモ書きとコーチング
「どうして自分はダメなんだろう」
「社会のレールから外れてしまった」
「今後どう生きていけばいいんだろう」
会社を辞めた後はずっと自分と向き合い続けました。
生きたい。仕事をしたい。
けどどうして?どうやって?
自問自答をする苦しい日々が続いている中、一冊の本と映像に出会いました。
一冊のNLPコーチングの本と、アンソニーロビンズの映像
たくさんの人がセミナーを受けて泣いている。
みんな人生どん底の中、どん底の理由と向き合っている。
セミナーが終わるにつれて自分のやりたいことをスラスラと言えるようになっていく。
人が変わったようにイキイキとしていく。
こんなことを自分1人でできるようになれば
もうこんなしんどい思いをしなくて済む。
縋るような思いでNLPコーチングの資格講座を受講しました。
受講中は自分と向き合うことばかりでした。
過去の出来事の昇華。未来どうありたいのかを引き出す。
どのように自分自身と関わり合うのか。
NLPコーチングの資格講座だけでなく、
それ以外の時間もメモ書きをして自己内省の時間を作りました。
すると、高校の時からやりたかったけれど、現実を見て諦めていたスポーツトレーナーの仕事を諦めきれていない自分がいることに気づきました。
やりたいことがあるのにできない、どのようにやればいいのかがわからないという理由だけでチャレンジしなかったのです。
「やらないままだと人生後悔する」
そう思い「スポーツトレーナー」になることを決めました。
自分の将来を考えるにあたり、自分のやりたいこととスポーツトレーナーとして目指したい姿をメモ書きしていきました。
・どうしてスポーツトレーナーなのか?
・スポーツトレーナーを目指すことになったきっかけは?
・それはスポーツトレーナーでしか成し遂げられないのか?
・成し遂げた結果、自分の人生はどうなるのか?
など...
来る日も来る日も自己内省とノートに書き込む日々。
思考するだけでなく、どうすれば成し遂げられるのかを行動まで落とし込んで実行し続けました。
メモ書きして思考の整理をし、内容をもとにコツコツと行動した結果、スポーツトレーナーとして仕事をいただける機会に恵まれました。
■自分のやりたいことで人のために働ける
その後はスポーツトレーナーとしてのキャリアをスタートさせました。
スポーツ業界ということもあり「勝利」という目標のために選手にトレーニングを教えつつも、学んだコーチング技術を活かして「自分の人生を考えたときにこの学生期間をどう過ごしたいか」と対話をしながら過ごしていきました。
トレーニングだけでなく、目の前の学生の人生にも向き合う。
自分のありたいスポーツトレーナーの仕事を体現し続けることができて幸せでした。
このような日々を過ごしつつも
スポーツトレーナーとして自分がやりたいなと思うことは全て目標に設定して達成し続けました。
スポーツトレーナーとしてやりたいことは全てやり、次のやりたいこととしてキャリアを考える際に
「今度は自分のやりたいことができて幸せだった機会を誰かに提供しよう」
と考えてスポーツトレーナーをやめる決断をしました。
その後は
「人の幸せに貢献したい」「人生のことを考えるきっかけでありたい」
という気持ちだけで転職活動を行い、未経験からライフコーチとして転職しました。その後リニューアル段階だったデザイナースクール事業のキャリアアドバイザーに異動しました。
■ポジウィル入社のきっかけになった言葉
その後は会社員だけでなく副業でライフコーチング、複業で新卒のキャリアアドバイザーもして仕事に打ち込み続けました。
しかし、キャリア相談やでさまざまな方とお話ししているうちに違和感を感じ始めました。
それは、新卒も中途も共通して
「自分が何をしたいのかがわからない」
「この会社、職種が自分のやりたいことかもしれない」
「職種や会社が幸せにしてくれる『かもしれない』
だからこの会社、職種に入るためにどのようにすればいいのか」
「本当はこのようにしたい。けどどのように実現すればいいのかがわからない。」
という言葉を言っていることでした。
そこで気づいたのが、これだけ多くの人が自分の生き方に悩んでいるのであれば、自分も真正面から「自分がどう生きたいのか」に向き合うサポートをしたいということ。そうすれば、人の本質的な幸せに貢献できるかもしれないと考えました。
また、キャリアアドバイザーという立場上、1人でたくさんの人と向き合って少しずつ解決することができないことにもどかしさも感じました。キャリアアドバイザーの仕事は尊いけれど、、それだとあまりにも遅すぎる。こんな状況になっている今の社会構造を根本的に変えるためには、社会構造を根本から変えるような事業を展開する会社に行かないといけない。私はそういう会社の中で、1人の人生とキャリアに徹底的に向き合う機会がある職種をやりたい。
それができる事業がポジウィル株式会社でした。
■最後に
改めてここまで読んでくださりありがとうございます。
私は「自分の選択に心から納得して意思決定できる人を増やしていきたい」という思いです。