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彼女と私

〈古い記憶より〉こんな事ありました

彼女との最初の出会いは中学1年生の時。私と彼女は別々の小学校の出身だった。
彼女のような人に、私が小学生の頃に出会う事は無かった。少し斜に構えた物言いをする子で、彼女の皮肉は結構グサッときた。彼女は最初から私がお気に召さないようで、何かにつけて反対意見を独特な言い回しで言ってくるのだ。
目が合うと、さもイヤそうな空気を伝えてくる。
まあ、私もこれから先、彼女と仲良く出来る事は無いと思っていた。

中1も終わりの頃だったろうか。私と彼女は、口げんかをした。私が家族以外の人と声を張り上げて大げんかをしたのは、私の人生で一度しかない。それがこの時だった。


ある日、彼女はクラスメイトのKさんに、嫌味をネチネチと言っていた。最初はKさんも反撃するだろうと思われた。Kさんは、いわゆる優等生で弁もたつ。それなのに、じっと我慢を決めこんでいるようだった。
彼女の攻撃というか、口撃が通り過ぎるのをじっと待っているように思えた。
それなのに、無関係の私が切れた。あまりの言いように、彼女を許せなくなったのだ。関係ないのに。

私は幼い頃は別として、友達と口げんかなどした事は無かった。彼女の方は暴言吐き放題で、クラスメートの女の子が、彼女の為に泣いているのも目撃したし、知っていた。変なヒーロー意識が私に生まれたのかもしれない。
私と彼女の酷い言葉の応酬が始まり、気がつくと彼女の目から一筋の涙が流れていた。

「私、人に泣かされたの産まれて初めて」
そう言って彼女は涙を拭きもせず自分の席に戻り、じっと教室の正面を見据えていた。
私とて、とても後味の悪い思いで立ち竦んだ。
まさか、彼女が泣くなんて思いもしなかった。私もオロオロして、身の置き場がない。

その時、Kさんが私に言った。「なんでいらん事したん?私、頼んでないよね」と。
私も泣きたくなった。馬鹿な事してしまった。これが『覆水盆に返らず』という事だと思い知った。

その後、彼女は私と目が合うのを避けるように、完全無視を貫いた。私も彼女が視界に入るといい気持ちはしなかった。どっちもどっちだ。
後、卒業まで同じクラスになる事は無かった。


彼女と私の話は、これで終わらない。

同じ高校に進学した時も同じクラスであった事は無く、そう言う前に、当時は戦後のベビーブームからは外れるが、子供はまだまだ大勢いた。高校生の時、1学年10クラスあったのだ。だから彼女と廊下ですれ違う事も稀であった。

そして、高校の3年間もゴールが見え始めた頃、昼休みに私は彼女に廊下に呼び出されたのだ。
彼女が私に用があるとは思えない。私、何かした?不安しか無かったがとりあえず教室を出た。


「おたく、○○短大に行くそうね」
『うん』
「私も行くの」
『え、そうなん⁈』
「学部も同じって聞いた」
『え、そうなん?』
「でね、通学も同じ駅から同じ列車を利用するし、教室も殆ど同じよね」
『うん』
「このままだと、お互い不愉快よね?」
『うん』
「で、提案なんだけど、二年間だけ友達付き合い
しない?」 
彼女からの驚きの提案。勿論NOはあり得ない。

『わかった、よろしく」

握手はしなかったが、お互い少し大人になったのだろう。考えてみたら、一度口喧嘩をしただけなのだ。そう提案してくれた彼女に負けたと思った。
彼女より私の方が先に二人の進路が同じだと知ったなら、私はこのような提案をできただろうか。
出来なかったと思う。


彼女も私と二年間を共にすると知った時、ショックであったであろうと想像できる。
でも、大喧嘩をしてから、すでに5年も過ぎた事に気づいたのだろう。私も同じだ。馬鹿らしい時間だった。ひとこと謝れば済んだ事かも知れないのに。


短大に入学して、私達は同じグループにいた。一緒に二年間を楽しんだ。彼女はあの中学生の頃の人と、全くの別人。私にとって大切な友だった。

だから私は二年間の約束の事など、すっかり忘れていた。でも、彼女の方はしっかり約束を守るように、卒業を機に私の前から姿を消した。


驚きの結末になったが、いかにも彼女らしいとも思った。この二年の間に、私は彼女からたくさんの事を教わった。彼女は私から受け取るものがあっただろうか。無かったからこそ、彼女は私との約束を守ったのかもしれない。

私の青春に彩りを添えてくれた彼女。たとえニ年の間だけの友だとしても、私が彼女の友人の一人であったあの時代が輝いていた事は間違いないと思う。

彼女は私を呼びかける時も、私の苗字、名前、愛称などで呼んだ事は一度も無い。
いつも、『おたく』としか呼ばないので他の友人達は不思議がっていた。
あの頃の彼女にとって、仮にも私は唯一の彼女を泣かした人間なのだ。
さん付けや、ちゃん付けで呼びたく無かったのだろうと、その頃は勝手に思っていたが。

金女はプライドの高い人。彼女も彼女として、私との何らかの線引きは必要だったのかも知れない。

もし中一の時、私が要らぬお節介をしなければ、現状は変わっていただろう。私があの時すぐに謝っていれば。
正直言って、私はもっと彼女と友達でいたかった。
あの時の結末を七年後に迎える事になるなんて、思ってもみなかった。


今も元気でいるかな。そうであれば良いな。
きっと彼女も私の事は忘れてはいないだろう。そう思っても良いよね。

やっぱりね、一緒にいたあの頃に謝らなかった私が悪かった。今更だけど、ごめんね。

いやいや、半世紀以上も昔の話。