紅葉鳥(シロクマ文芸部)
「紅葉鳥?古の名など、どうでもいいわ。鹿を鳴き声だけで勝手に鳥にしてしまう昔の人の感性は分からない」
彼女は独り言のように言う。
「そうだよな」
彼も同調する。
「彼らは孤高の生き物なのだ。たとえ仲間と行動を共にしていても、私は私だと達観しているように思える」
背の高い彼と、髪の長い彼女。かなりの人混みの中で埋もれている二人。離れ離れにならないように手を繋いではいるが、二人はその事さえも気づいてはいないのかもしれない。
ここ奈良公園の紅葉は、見ごろには少し早い。
二人は奈良公園を散策する。奈良には中学の修学旅行で初めて訪れた。
奈良はいつ訪れても奈良であった。変わらないこの地に、安心感を求めて来ていると言ってもよい。
「ほら、見て!修学旅行生や遠足の子どもたちでイッパイよ」
「外国からの観光客も、また増えてきたね。
鹿たちは鹿せんべいを、たくさん食べられるね」
彼は近寄ってきた小さめな鹿をそっと撫でなから言った。
二人は同級生であった。中学生の頃から二人の交際は始まった。もう15年にもなるだろう。就職で彼は広島に住み、彼女は地元の福岡に残っている。
長い交際期間、二人は環境も、思いも、相手とのズレが大きくなっていくことを心配していた。それぞれに長すぎた春を噛みしめている。繋いだ手はしっかりと握られたまま。
「来月は広島で会いましょうか」
「いや、今度もぜひ奈良で会いたい」
彼の力強いことば。
「良いけど。なぜ?」
いつもと違う彼の語気に少し戸惑う彼女。
「散る紅葉の下で待っていたい。紅葉鳥が鳴くような気がするから。大切な人と紅葉鳥の鳴き声を聞いてみたくなった」
繋いだ彼女の指。繋がれた彼の指に柔らかい力が加わったのを彼の指は受け止めていた。
了
紅葉鳥 読み方: もみじどり 鹿の 異名
〔 蔵玉 集〕しぐれふる 立田 の山のもみぢ 鳥 もみぢの衣きてや 鳴く らん。
小牧部長、今回もよろしくお願いいたします。