霧 シロクマ文芸部
霧の朝が続く。今日で5日目。
近くにある湖から、美しい霧の帯が流れてくるのを見たことがあるとばあちゃんが話していた。でも、僕はまだ目撃したことは無い。
ばあちゃんは霧の中に行ってしまったけれど、七色の霧の中の世界で楽しく暮らしているような気がする。
僕は霧の中を歩くのが好きだ。
2メートル先も見えないけれど、霧に守られているような気がするんだ。田舎の事なのでめったに車に出会うことは無い。それでもシカ等と出会うことはあるが、向こうの方で逃げて行く。
霧の中で深呼吸。濃い空気が肺を満たすような気がする。
ある日の霧の中、僕は思いがけず一人の女の子と出会った。近所の子ではない。都会育ちのような少しひ弱なイメージ。僕よりもかなり年下の子。
女の子はホッとしたように僕を見た。
「あの、私、道が分からなくなったの」
「君は何処の子?」
「大きな杉の木のある家に行きたいの」
「大きな杉のある家は、この辺りには三軒あるけど。僕の家にもあるよ」
「水野さんの家です」
「僕んちだよ、君は?」
「私は、おじいさんに会いたいのです」
「じいちゃんは、寝たきりになっているんだ。知ってる?」
「はい、私会った事があります。お世話になったのでお礼を言いたいのです」
じいちゃんはとても優しい人だ。誰からも好かれている。こんな小さな子が一人でやって来てお礼が言いたいと言う。さすがだよ、じいちゃん。
「ついてお出で」
霧は増々濃くなっていく。僕は女の子と逸れないように、女の子の手を取った。霧のためか冷たい手だった。
僕の家に着いた頃には霧はかなり薄くなっていた。
気づくと女の子は消えていた。確かに今の今まで女の子と手を取り合っていたはず。霧が見せた幻?まさか。
僕は胸が騒いで、じいちゃんの部屋に走った。
果たして、女の子はじいちゃんの枕元に座っていた。
じいちゃんは眠ったまま。
僕は女の子に声がかけられなかった。女の子は静かにじいちゃんを見つめている。
僕は黙って部屋の入口近くに座った。ただ二人を見守っていた。
気が付けば両親と兄が僕と同じように座っていた。
厳かと言える時が過ぎていく。
じいちゃんが立ち上がった。でもじいちゃんはいつものように布団で眠っている。そうか、別れの時なんだ。
僕たちは嗚咽を漏らさないように唇を噛んだ。それでも涙が止めどなく流れ始める。
二人は僕たちに向かって頭を深く下げた。じいちゃんも少年の姿に変わっている。
僕たちは二人を家の外で見送る。
晴れそうだった霧はまた深くなっていった。
二人は、もう一度僕たちに頭を下げた。
そして手を繋ぎ霧の中に消えた。
あとには美しい霧の帯が残された。
父がポツリと言う。
「じいちゃんとばあちゃんは子供の頃に、霧の中で出会ったんだよ」
了 1111文字
小牧幸助部長の今週のお題『霧の朝』から始まる小説を書かせて頂きました。よろしくお願いいたします。