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マッチの妖精 ショートストーリー(再投稿)

そのマッチは50年前に生まれた。12月24日のクリスマスイヴ。だけど、まだ彼女は一度も仕事をしたことが無い。

彼女がこの家のおじいさんと出会ったのは、おじいさんがまだ若者の頃で、彼は喫茶店などのマッチを集めるのを趣味にしていた。
彼女は、そんな50個ばかりのマッチの中の一つ。マッチはどれも未使用。それがおじいさんの拘りだった。

コレクションたちの外箱の絵柄はどれも素敵なデザイン。
彼女は美しい女性の絵。おじいさんが若い頃、憧れていた女性に似ていたらしい。よく彼女を手に取り長い間見つめていたり、ため息をついたりしていた。
時は流れるままに過ぎてゆき、マッチたちはクッキーが描かれた四角い缶の中で静かに時を過ごしたのだった。

ある日、コレクションの一つ、チャップリンに似たイラストが描かれたマッチ、彼がみんなに声をかけた。
「ボクは誕生日のロウソクに、火を一度灯してみたかったな」
声が続く。
「私は停電の時、活躍したかった」と真面目そうな犬の絵。
「煙草に火をつけてみたかったが」とニヒルな男。
「キャンプにお供したかったな」とは高原の大木。

「私はもう一度おじいさんに会いたい」
彼女はしみじみと言った。彼女のその願いはいつか叶うのか。その後も様々な声が聞こえてきた。

最後のトリのように悠然とみんなの前に現れたのは、一番の古参のマッチ。おじいさんの最初のコレクションであるバーのママの似顔絵。グラマーすぎる豊満なママ。みんなのリーダでもある。一番物知りでたくさんのことを皆に教えてくれていた。

「私たちマッチは最後の一本まで丁寧に優しく使ってもらえたら、私たちはマッチの妖精になれるのよ」

大きなため息があちらこちらで漏れる。
どういう意味かよくわからなかったが、素敵なことのように思えた。でも、このままお菓子の缶の中にいたのでは妖精になる夢は叶いそうもない。



ある日私は突然に、長い間開かずの箱だった缶から取り出された。
蓋を開けたのは高齢の女性。
マッチの絵柄を一つずつ確かめる。女性は私を見ると、
「これだわ」と言って優しく撫でてくれたのだ。

そうだ、思い出した。この目元、この笑顔、この声。遠い昔の面影は残っていた。この女性とは一度だけ会ったことがある。

若い時おじいさんは花嫁になったこの人に、コレクションである私たちを見せたのだ。そう、そして私を取り出し、彼は花嫁に
「君に似ていると思うんだ」そう言った。
私は花嫁のまぶしい笑顔に少しだけ嫉妬したのだ。

その時からおじいさんはごく稀にしか缶を開けなくなったけれど、その度に少しずつ歳をとっていくおじいさんを私は見ていた。
最後におじいさんに会ったのはいつだっただろうか。

おじいさんの花嫁は私との出会いの時を覚えていてくれていたのだ。なんだか胸が熱くなる。
おじいさんはどうしているのか、おじいさんの花嫁はなぜ缶の蓋を開けたのだろう。

取り出された私は久しぶりに見る広い世界を見回した。
辺りに、おじいさんは見当たらない。

おじいさんは布団で眠っていた。
私はおじいさんの側に連れていかれた。でもおじいさんは眼を閉じたままで起きてはくれない。じっと待っていた。長い時間が過ぎた。それでもおじいさんは動かない。私を手に取ってくれないし、撫でてもくれないし、話しかけてもくれない。
花嫁は、ただ黙って訪れた人に頭を下げている。

いつの間にか、私は花嫁のポケットの中にいた。
いよいよ、私にも仕事ができる日が来たんだ。私はそう思った。少しワクワクした。妖精になれるかもしれない。妖精になったらおじいさんとずっと一緒にいられるかもしれない。

やがて私は、おじいさんと一緒に大きな箱に入れられた。
花嫁がもう一度私を両手で抱いてくれた。そして花嫁は私に言ったのだ。
「私の大切な人のお伴をしてね」と。

そして私は再び大きな箱に入れられた。真っ暗な世界になったけれど、私はおじいさんと一緒なので怖くはなかった。
そうして、私はおじいさんの胸の上で静かに目を閉じた。


次に目を覚ました時、私はおじいさんの側にいた。
おじいさんは、
「また会えたね」と言って私に微笑んでくれた。
私は自分に人間のような身体があることに気づいた。私はマッチの絵ではなかったのです。

「マッチから抜け出してきたんだね」
「私、花嫁さんにおじいさんのお伴を頼まれたの」
「そうか、花嫁さんにか。君にまた会えて嬉しいよ」

「私、妖精になりたいと思っていたけれど、妖精にならないで良かった。おじいさんと一緒のほうが嬉しいもの」
「いやいや、君は私と花嫁の大切な妖精だよ」
「おじいさん、私もおじいさんと花嫁さんが大好きよ」
「そうか、嬉しいよ。ここで花嫁を一緒に見守ってくれるかい」
「もちろんよ、おじいさん。ただ……」
「ただ、どうしたんだい」
「マッチの皆んな、ずっと一緒だった仲間たち。どうなるのかと思って」
「マッチたちのことは大丈夫だよ」
「?」
「マッチたちは、皆んな私の友人達にもらってもらうんだよ。ロウソクに火をつけるのは、マッチが一番だしね。花嫁が手配してくれる」
「それなら安心です。おじいさん、ありがとうございます」


彼女はホーっと息を吐きました。
ふと彼女の背中を見たおじいさん。
おじいさんには彼女の背中にキラキラ光る小さな白い羽が暫くの間見えたのでした。



了 
 2144文字

昨日、投稿したこの記事『マッチの妖精』を自分のミスで削除してしまいました。削除した記事は復活できないと思っていたのですが 爪毛川太|noteさんに復活の方法を教えていただき、再投稿が叶いました。爪毛さん、ありがとうございました。
そしてコメントや❤️をくださった皆様、本当にありがとうございました。 めい


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#妖精