ベンチ ショートストーリー
誰もいない公園に、ポツンとベンチ。
この時間、誰もベンチを必要としていない。今の自分と同じだ。なんだかベンチに対して仲間意識のようなものを感じた。
『同類相憐れむ』なんて言葉があったと思い、いたたまれなくなったが、歩き疲れた足が座りたいと訴えてくる。
私はベンチに腰を下ろすと、深いため息を何度かついた。
月の綺麗な夜。自分には相応しくない美しい満月。
「お疲れですな」
声がした。周りには誰もいない。
「私はベンチですよ」
私は思わず立ち上がった。
「すまない」
「面白いお人だ。私はベンチですよ。気にせずお座りなさい」
そろりと私はもう一度ベンチに腰掛けた。
「ご覧なさい。今日の月。今日の月は特別なのです」
「美し過ぎて、今の私には不似合いです」
「月は誰に対しても公平ですよ」
私は何も言い返せなかった。
ふと足元を見た。
私はおかしな格好の自分の影に驚いた。
そして私の影はあるけれど、ベンチの影は無かった。
思わずベンチを撫でた。確かに私の手のひらはベンチを感じている。
「気づきましたか。でも私はベンチですよ」
私は何と言ったものか分からなかったが、ベンチは、今の私の憩いの場であることに間違いはない。
「ええ、あなたは問題無くベンチです。私を休ませてくれてありがとう」
「今宵の満月は特別です。一緒に眺めましょう」
どれほどの時間が過ぎたのか、私はいつの間にかウトウトしたようだ。
さっきよりも月は随分移動していた。
「そろそろ失礼します」
私はベンチに声をかけたが返事は無かった。
足元を見るとベンチの影は当たり前にあった。
全て夢だったのか。
ベンチは、今日の月は特別だと言ったのだ。
そういう事かもしれない。多分そうなのだ。
私は思いを巡らせた。
私はベンチを撫でた。なんだかこれから頑張れるような気がした。
「ありがとう」とベンチに声をかけた。
ベンチの心は月に帰っていったのだと私は思った。
月がさらに美しく輝いたように見えたのは気のせいではないだろう。
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