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風鈴と猫 シロクマ文芸部

風鈴と猫が話をしていますよ。
厳密に言えば、風鈴に描かれている金魚と本物の黒猫が、ね。

「今年も会えたね、金魚さん」
「ええ、猫さんもお変わりなく」
「今年もチリンチリンと歌うのかい?」
「猫さんもニャンニャンと鳴くのね」
二匹はクスクスと笑う。

「君と会うと、夏なんだと思うよ。君が夏を連れて来るのかな。君とは夏にしか会えないけれど、こうやって会うのが楽しみだよ」
「ウフフ、ありがとう猫さん。猫さんは自由に歩けていいわね。私も一度でいいから棚にある金魚鉢の金魚たちと一緒に水の中を泳いでみたいな」

「あいつら、あまり仲良くなさそうだよ。ボクは君の方がずっと好きだな」
風鈴が早速チリンと鳴る。

その時から、風鈴の金魚を何とか金魚鉢に入れてやりたいと思う猫だった。
でも、猫には風鈴を下に下ろすことはできないし、無理をすれば風鈴を壊してしまう。時を待たねばならない。

夏が過ぎたけれど猫は何の方法も考えつかず、風鈴は綺麗に磨かれ押し入れの一角に収まった。その様子を猫は見守った。そして考え深げに頷く。
いつものように風鈴の金魚に「じゃあ、また」の挨拶はしなかった。

家の人が離れると猫は上手に押入れを開け、風鈴をくわえて棚の金魚鉢に向かった。

「本当に金魚鉢に入りたいんだね」
猫は金魚鉢の前で風鈴の金魚に尋ねた。
「猫さん、ありがとう。願いを叶えてくれるのね」

風鈴は小さな渦を作りながら金魚鉢の底に沈んでいった。
風鈴の金魚は泳げはしなかったけれど、水の中が気に入っているように猫には思われた。
風鈴の金魚は水の中で猫に話しかけたけれど泡が出るばかりで、声にはならなかった。

その時、家の人が気付いて慌てて風鈴を引き上げた。
「クロ、お前の仕業ね。ダメよこんなことをしちゃ」
家の人は風鈴を洗うと、またいつもの場所に取り付けた。
「せっかく片付けたのに。乾くまで待たなきゃ」

風鈴の金魚は家の人が離れるのを待って猫に言った。
「猫さん、ありがとう。でも私、水の中では猫さんとお話しできない。やっぱり私は猫さんとお話がしたい。来年も、ずっとよ」

「うん、来年もチリンチリンを楽しみにしているよ」
「猫さんのニャンニャンもね」

風鈴が乾くと、また風鈴は押入れに連れていかれた。
猫は泣いた。嬉しい涙と寂しい涙が一度に流れた。

「じゃあ、また。ボクの友達」


そう呟いた猫の声は風鈴の金魚に届いたのかな。
ええ、ちゃんと届いていましたよ。


おしまい



小牧部長の今週のお題 『風鈴と』で始まるお話を書きました。
小牧部長、よろしくお願いいたします。


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