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方向転換 シロクマ文芸部 『働いて』

働いても働いても、じっと手を見ても、夫は私に給金を払ってくれない。夫は小さな会社の社長。10年前、私の父から会社を任されたのだ。
その頃は不景気のどん底で、二人で頑張ってきた。当時は私も給金を受け取る事は考えたことも無かった。しかし今、好景気の波に乗って順調に実績を伸ばしている。

それなのに、夫は私に給金を払ってくれない。私にだってやりたいことや欲しいものはあるし、家事だって手抜きは殆どしていない。

帳簿上、私には結構な給金が支払われている事になっている。ご丁寧に私の判子までも押してある。
夫に抗議するが取り合ってくれない。目に見えない出費が嵩むので、と繰り返すだけ。平凡を絵に描いたような妻。面白くもなんともない女。そうだ、私は侮られている。

私は気づいていた。このお金がどう使われているのか。
経理担当の女。給料日の次の日にブランドのバッグや小物をチラつかせる。これ見よがしに。

私は独立しようかとも考えていた、父や夫の側で経営のノウハウは身に付けている。離婚してもなんとかやっていけると思われた。幸いにもここの土地は私の名義のままだ。幼友達の雄介が近所で不動産を手掛けている。相談してみるつもりだ。

私の不穏な考えに、動きに、夫は気づいたようだ。私は分りやすい女、バカな女だと夫は思っている。
早速、少しばかりの給金の金額を提示してきた。少しばかり、私に気を遣う様子も。慌てて、私は土地の権利書はとりあえず銀行に預けた。

さて、キツネとタヌキの頭脳戦、泥仕合?どうなるやら。何だか胸が高鳴る。失敗は許されない。生きている自分を初めて実感した。
私は腕まくりをして次の一手を考え始めた。ワクワクが止まらない。

了 698文字


小牧部長、今週も参加させて頂きます。
よろしくお願い致します。


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