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選挙カーにひかれて異世界に飛んだ私は投票率をあげて聖女になりたい

 都知事選の混乱のなか、私は死んだ。

 選挙カーにぶつかって死ぬという、午後のニュースは前代未聞のものになるに違いない死に方だったけれど、なにしろ死んだのでその後は知らない。
 さて、目が覚めた私は、お約束通り知らない世界に転生していた。

「……テンプレ的には、私は聖女なのにみんなから虐げられていて、でも実は昔からそっと見守ってくれてる別の国の王子が私を迎えにーー」
「なんと、もうお話ができるのですね、さすが聖女候補」
「ン?」
 候補つった?

 いかにも「じぃや」って感じの人が私の顔を覗き込んできた。私は寝かされているらしい。
 その背景には、見たことがないほど高く、華美な装飾のある天井があって、やっぱりそれなりの地位の人に人物に転生したみたいだ。

「ご気分はいかがですかな」

 じぃやがいう。なんだろ、やっぱりこういうときって、意味深な顔か、またはここどこかしら?みたいな顔とかするべきなのかしら。

 私が読む「異世界に転生する話」の中の主人公たちは、もうお約束だから、みたいな顔してすぐ馴染んでいるけど、私もどうやらそうなれるらしかった。
 夢をみるとき、夢の世界の法則を勝手に脳が納得しているような感覚で、私も「転生者」であることを、すっかりわかっていたのだ。

 それはともかく。

「候補?」
 聖女じゃなくて、聖女候補ってきこえた。
 起き上がる。
 ここは王室の広間ーーと思っていたけれど、見渡せば、なんか…体育館みたいな、ただのだだっぴろい部屋みたいなところにいた。そんで布団に寝かされている。
 聖女への待遇にはちょっと見えない。

「はい、来年の聖女選挙に出てもらいたいと思っております」
「選挙だぁ?」

 えっ、転生したら、それだけで、この人は選ばれし聖女! って決まるもんじゃないの?

「いや、そんなん間違えてわしが変な人召喚したらやばかろ〜し、わしの責任高すぎるじゃろが」
「はあ」

 ごほん、とじぃやは一度咳をした。

「だから、何人か候補者を召喚して、有権者に選んでもらうのです。運だけでなく、各々が自分の目で確かめたほうが、街にとってもよいでしょう。支持を得るために、聖女も有権者の利益につながるように祈りを高める。有権者も自分の街を考えることにつながるので、選挙をする必要があるのです」
「あ、ウン、まあ…」

 ごもっともだけど。こっちは転生させられてるのに、選挙とかさせられて、そんで選ばれなかったらどうするんだろう。
 私が黙っていると、じぃやは言った。

「折しも、本日聖女選の日です。街の様子を伺ってみたらよいかと」


 私は、普通の20代後半の一人暮らしの女だった。
 事務職で、定時が過ぎてから残業を20分から30分程度やって、周りがそろそろ終わりっていうときに合わせて私も一緒に立ち上がる、そういう女だった。
 会社に対して不満はあるけど、かといって過剰な怒りをもつほどの体力はなくて、家に帰れば友達に仕事の愚痴のラインをして、あーあと言いながら眠りにつくような、おそらく平均的女。
 
 ともかく。
 結局私は来年ーーここの暦がどんなもんかは知らないけれど、とにかく次の聖女選挙に参加することになるらしい。
 聖女候補たちは一年間、街のことを見回って、来年の聖女選に備えるのだそうだ。

 私は体育館らしきところを後にしつつ、召喚されし世界を見て回ることにした。
 聖女選には出れないみたいだけど、有権者ではあるみたいだから、せっかくだし、時間もないけど、ちょっと誰かに投票してみようかしら。

「まあ、あなたが1票いれたところで、そう変わらないと思いますが」
「はぁ?」
 
 それが嫌味でもなんでもなく、まるで普通のことのように言うので、私は思わず聖女らしからぬ声をあげてしまう。
 じぃやは気にしないまま答えた。

「私たちの街は1400人でして」
「1400人!? あれってゆか、街?」
 
 てっきり国のお抱えの聖女になるつもりだったんだけど、自意識過剰だったみたい。
 まあそうか、さっきから「街」が云々言ってるし、城じゃなくて体育館だったし。
 あれか、毎年の祭りの福男とか福娘を決めるくらいの感じか。
 1400人なんて、うちの会社くらいの規模感だけど、街というか村じゃないのか、それ。 

「そのうち、有権者は1100人。聖女候補たちは、その人たちから投票数を競うのですが…」
「1100人かぁ。1票がでかいわね…」

 まあ、村の規模の聖女でもいいや。それくらいのほうが気楽だし。
 まだ聖女になれると決まったわけじゃないけど。
 そんなことをつらつらと考えていると、とんでもない事実を教えてくれた。

「前回の聖女選の投票率を参照すると、そのうち440人は投票にめんどくさがっていかないので、実質は660人を奪い合います」
「待って待って、440人何してんの?」
「えーゲームとか? 知らん」
「はー?」
「ちなみにその660人のうち、40代以上の方達は500人で、30代以下は160人しかいなかったので、いまの聖女は、ぶっちゃけ、おじさんおばさんの満足するようにお祈りしてるって感じですな」 

 私は、絶句してしまった。

「……ねぇ。聖女って、なにするの?」

 大事なことを聞いていなかった。

「街の人々のために祈るのじゃ。祈りは人々の願いを叶え、よろこびを与える。でも、街にいる全員の願いは叶えられない。だから、”よろこび”は、最大公約数に与えられる。この街ならば、まあ、ほとんど、じぃさんばぁさんのためになるのじゃ」
 
 私、過疎地の国にでも転生したのかしら。

「そんなじいさんばあさんたちのために、この国の聖女は毎日お祈りをしているの?」
「お祈りをして、あと、なんか、ゲートボール施設とか作る手伝いとかしてますな」
「そうはいっても、160人は投票した若者もいるじゃない」
「だから、そっちは、そこそこのお祈りです」
「そこそこ」

 そこそこってなんだ。私たちは、そこそこ、程度でしか祈ってくれないのか。

 過疎地と思いきや、街にでれば、別に、じいさんばあさんが多い感じでもない。公園に出れば、小さな子供たちが、きゃあきゃあと声を上げながら遊んでいた。

 そりゃそうだ、有権者以外ーーつまり、17歳以下の300人たちだっているのだし。
 でも、この300人の未来は、ほとんどじいさんばあさんに握られているということらしい。

「えーーー、じゃあ、また来年もじいさんばあさんばっかりだったら、私はじいさんばあさん向けの聖女にならなきゃいけないってこと?」

「んーまあ、優先というだけですよ。支持してくれた層を優先する。そりゃそうじゃ」

「……」

 目をつむれば、ちょっと前までいた元の世界のことが鮮明に思い出せた。
 確か金曜の夕方で、会社帰りにスーパーに寄ろうとしていたところだった。
 都知事選を数日後に迎えた最中で、選挙カーがわーわー叫んでいて、私は苛立っていた。

 だって選挙カーって煩いし。
 私は一人暮らしだけど、金曜に仕事から帰ったら、もうゆっくり寝たい。静かに寝たい。
 なのに、土日も懲りずに選挙カーはうるさい。
 
 あの煩さをポジティブに受け止められる人ってそういない。
 スーパーの前で知らん人たちが集団で集まってなんか喋ってるのも邪魔だしー。
 小さなイライラが積み重なるだけの選挙ウィークを楽しみになんてできないし、辟易するだけだし。
 じぃやはゲームしてたとか言ってるけど、若者って結構忙しいのよ。ネット投票くらい気軽にしてもらわないと、重い腰をあげられないのよ。
 
 いろんな理由がぎゅっと胸に湧き上がる。

「……この先の未来は子供のためのものなのに、じいさんばあさんの為に聖女は祈るの?」
「うーん、投票結果がそうさせてるから、しょうがないんじゃ」
「でも、じぃや、あなた、老い先短いじゃない」

 自分でもびっくりするような言葉がでた。
 ひどい。
 かわいそうなことを言った、と思ったが、じぃやは首を傾げる。

「そりゃあまあ、今の人生を楽しみたいので、行かない若者が悪いとしか」

 そりゃそうだ。
 くそ。
 そりゃそうなんだよ。
 
 年金だってかえってくるか怪しいもんだし、なのに税金ばっかり取られて、公共施設は私たちが働いている時間に閉まるし、エンタメにはシニア割引がつきものだ。
 いま、彼らを支えてるのは、私たちなのに。

 おじいさんおばあさんに恨みはない。いまがあるのは彼らのおかげ。
 私はおばあちゃんっ子だから、おばあちゃんには長生きしてほしい。
 だけど。

「…投票って何時まで?」
「午後8時まで。あと2時間ですな」

 ああ、もう、短いな。仕事で疲れた私たちにとって、あんまり知らないところまでいって帰ってくるのって結構難儀なのよ。
 私なんか今日転生したばかりなのに。

 でも絶対いかなきゃ。
 私は1/160の票程度かもしれない。どの候補者が絶対にいいなんて、そんな主張はひとつもないし、よくわかんない。
 でも、私が、いかないと。

 若者である私が票をとりあえずいれることに、少しでも意味があるなら。「そこそこ」の祈りじゃ許さないぞという意志が必要な気がするから。

 急に真剣な顔になった私に、じぃやがふむ、と神妙に頷いて、新聞紙のような紙を渡してきた。っていうかこれ新聞だ。

「ほれ、これが選挙公報じゃ」

 ずらっと並ぶ顔ぶれを、私は慌ててみる。そんな私をみて、じぃやが楽しそうに言った。

「次のトウキョウの街を作るのは、誰かのお」



 終
 

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