マスク·パニックと運の話
コロナウイルスが終息する気配も見せず、又、伴うマスク不足と横行する転売ヤーの問題などあまり快くないニュースばかりです。
ところで品薄マスク、私は幸いにも今のところ余裕があります(転売するほどではありません、念のため)これは本当にたまたまなのですが、1月半ば頃にマスクの安売りを見つけたのです。花粉症でこれからも使うからと、在庫があったにもかかわらずそこで30枚入りを2箱買いました。それから数日後に中国で謎のウイルスのニュースが流れ、あれよと言う間に店頭からマスクが消えました。
平成米騒動というものがありました。酷い冷害で極端な米不足。政府は急遽外国産米を輸入しましたがこれも色々ありました。実はこれも私は免れています。輸入米が全く食卓に乗りませんでした。というのも実家ではもう私が産まれる前から電話一本で家まで配達してくれるお米屋さんがいたのです。(私が、スーパーに米が売っていて驚いたくらいです)父親は会社員です。別に飲食店を営んでいる家庭ではありません。でも米屋さんにすれば我が家はお得意様だったのです。あの米騒動の時、このお米屋さんは我が家分の日本米をストックしておいてくれたのです。嫁にいって実家を出ていた姉もこの時ばかりは実家に嫁ぎ先のお米の分を頼んでいたほどです。
ある程度の長さを生きてきましたが、私は幸いにも九死に一生を得たような経験をしたことがありません。難病も患ってなければ自然災害で避難した、という経験もしたことがないのです。
人によってはいくつもの難病を抱える人もいるし、引っ越した先や仕事の都合で赴任した地で災害に何回も遭遇する人もいます。
なんでだろうなあと思います。こんな事に思考を巡らせる時に私は運や徳(を積むというもの)や業というものを考えずにはいられないのです。