揚羽蝶(2)小説
こんにちは。
【揚羽蝶】
父の背中を診て、何時もと違った感慨を受けた時から、もうどの位経っただろうか。多分、半年程か………。どうやら雷も僕の頑固な怠惰の鼓動を止める事は叶わないのかと何処か他人事の様にも捉えていながら、思索の探索も三日天下に終わり、其の時の衝撃や衝動をも忘れかけ、今日も何時もの様に流れ作業の仕事に就いている。
仕事中に、たまにラインが停止した合図の黄色い回転灯がブザーと共に点灯し、ラインが停止するのだが、其の時、工場の上長が右往左往するのだ。僕の会社の制作している品物が車の部品の更に部品なのだが、絶対君主の発注主に日産する数量が明確に示されていて、ラインが5分停止すると、示されている数量が足りなくなり、出荷をも遅らせドミノ倒しに余波が先々に大きく為り、ライン停止復旧に掛かる電気や洗浄に使用する地下水等もすべて停止し点検に入り、会社としては5分の停止が相当な損失となり、上長の罵りが落ちるのだが、罵りも知恵の勘目が出るモノで、上長の其れは単純に産まれの悪さと卑しさが滲むのだ。
『此の停止は連帯責任だ、お前等のボーナスが減るぞ』と云われる。
だが、卑しさが滲むのは僕らとて同じ事、此の言葉は正直どの様な褒め言葉よりも、逆に僕等の様な仕事に矜持を持たない者に採っては、何よりも堪える鞭でも在り、其れは無知故な鞭とも云えるのだし、確かに此の言葉で善く走る馬達なのでも在る。
また、僕は、此のライン停止の時に違った感情も湧いていて、ライン停止が其の後のドミノ倒しに似て生じる事の未来を夢想し、ランプに細工が在り、ラインが停止せず、検品もする抜け納入されて欠陥部品の部品が製品となった時、其の後仕上がった車が大破し其のメーカーが多額の賠償や天文学的なリコールに見舞われるので無かろうかとかと、相対的には関わりが大在りなのだが、何故か自己とは関わりに無い様子の、上の方の大資本家の破滅的な不幸を思索し愉しんでも仕舞う卑しさが在る。
此の時の感覚は、一般の其れで云うのならば、闘牛の牛か?マタドールか?との事かも知れない。牛には本能的に目の前に対峙したモノを角で突く習性を持ち併せているので在り、人は金銭欲と承認欲、名誉、、、所詮は高尚な事を云っても欲望で殺生をしているに過ぎず、其の欲望が金銭か殺傷其の物を愉しむかは同じ事しか無く、双方は共に或る種の精神病質者なので在ろうとも思料出来、僕は牛の気持ちの本能から目の前の大資本家を角で突くように夢想を反復して居るのだ。
此の自己の中の本能的卑しい夢想で、負のバタフライ効果を今の自己の立ち位置と、全く迷惑で耳障りなライン停止のブザー音が共鳴し思索夢想と云う耳栓をするのでも在る。
今回の事の始末は、検品前の最終組み立てでの不具合の様で在ったのだが、其の後の検品作業の方に眼をやると同期の女性の聡子が居た。様子を窺うに聡子は小柄で利発な感じなのだが周りの同僚の女性とは深くは付き合わない様な、自分を上手に魅せる事が出来ないのか、魅せたくは無いのか知り得ないのだが、兎も角大人しそうで男好きするタイプの娘でも在り、かく云う僕も何となく惹かれても居るのだが、元来の対人下手なので同じ年頃の娘とは接し方も知らなく、毎朝、就業終わりの挨拶を交わす程度で、忘年会にも聡子は毎回出席が無いので、此の10年来、接点が無く過ごしてきたのだが、当然、気になる聡子の事も正のバタフライ効果的夢想を駆使し施策すのだが、今にして思うと経験が無い事と対人下手とは恐ろしく、大抵の物語やファンタジーは破綻をきたしているのだが其の時は大真面目でも在って、其の多くは事が起こる前に夢の中に堕ち何事も無く何時もの朝が来て事に及べないので在った。
先の回転灯の夢想の効果と聡子を気に掛ける効果は、正負の関係なのでも在ろうが、所詮、夢想と物語を自己の忠心との合作で創作し、意識し得た時点で其の思索思惟は逃げ水の如くなり、本質的には、其れが無知故の事なのでも在ろう。
知慮がないからこそ、過剰な反応もしているのだが、実際他者から観た僕の其れは微塵も想定すらされず、僕の存在等露見もしていなければ、聞えもしないと為る。
当然だ、中心の声で誰も知る由も無いのだし、或る種の荒魂の為せる事なのでも在ろう。
中心様との合議を重ねても、所詮は僕と云う肉が此の世で具現化し触覚的に物事を納めないと、空虚にも為れず況してや上座の者には見聞きもさらない捨て置く存在となり、自己満足な細やかな夢想効果の抵抗等は無いと同義と云えるのだ。先ず触覚的に事をせねばと、此の日やっとの思いでぎくしゃくしながら尺取虫な腰を伸ばしたのだが、上座の者への具体策は、二三施策も在るのだが、此の時は、其の突飛さも容易に想像出来無く、云う為れば行き成り無差別に爆弾を仕掛ける様な事に成り兼ねない、其の様な生か死かとの単純さしか持ち併せていない施策だとの事で、要は、此の時には未だ未だ、上座様に勝負もしてもらえず、口も訊けず、眼も直視出来ずの者だとも自己の中で夢想も出来得ないので在る。
矛盾しても居るのだが、先ず今の位置から変節変態を為す具体的触覚的な動作に移すならば、同じ様な系譜の匂いがすると勝手に決めつけている聡子を懐柔し文字通り、触れてみたいとの不肖で本質的には資本家に対して自己憐憫から来る施策なのでも在ろうが、自己には先ず、人で在れとも云い聞かせ、遅ればせながら同年代の娘に挨拶以外の言葉を掛ける事を模索してみたのだった。
此の空恐ろしい冒険を、揚羽蝶の鱗粉を纏わせ軌跡の効果と因果、其の結果の知れない博奕を打った事には自己でも称賛し、鼓舞する行いなのだと、其の時は巍々も無く疑念も無かったのだ。
続く。<a href="https://twitter.com/04tochi" target="_blank" title="いしパグTwitter">いしパグTwitter</a>
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