![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/77446957/rectangle_large_type_2_d5c89c7ee12c5510f61079fdaef5e181.jpg?width=1200)
毛のない猫のなやみ【創作童話】
アンは、毛がほとんどない猫です。
いたずらされて毛をかられたのではなく、病気で毛が抜けてしまったわけでもありません。
アンは、生まれつき、毛がほぼない種類の、スフィンクスという猫なのです。
彼女はそんな自分を恥ずかしいと思っていました。毛がないためシワが目立ちます。怒っているわけでもないのに、周りから、そんなふうに見られてしまいます。ハゲ猫と、何度もからかわれたりもしました。
「ああ、わたしも、他の猫さんたちみたいにフサフサな毛が欲しいなあ」
アンは、きれいな毛並みをもつ猫たちが、羨ましくて仕方ありません。
ある時、鼻がぺちゃんこの猫が言いました。
「アンは、ぱっちりした目と、すっとした鼻があって羨ましいわ。わたしなんて、鼻ぺちゃの変な顔なんて、よくからかわれるもの」
誉められてアンは嬉しくなりました。
確かに彼女は鼻がぺしゃんこで、美猫ではありません。でも、白くサラサラの毛で覆われているおかげで、キュートに見えるのです。やはり、フサフサの毛にはかなわないと思いました。
またあるときは、足の短い猫が、言いました。
「アンは、すらりとした長い脚と尻尾があってうらやましいわ。わたしなんて、短足で不恰好だもの」
言われてアンは嬉しくなります。
確かに彼女は足が短いので、走るときに、不自由そうで気の毒になります。
でも、やはり白と黒がマーブルがかったサラサラの毛並みは美しく、足が短いことなんてどうでもよく思えます。
またまたある時は、全身毛の長い猫が言いました。
「アンは毛がないから、シャンプーもブラッシングも簡単だから羨ましいわ。毎日時間がかかって、面倒くさいもの」
アンは、彼女の言葉が嬉しくありません。彼女こそ、他の猫たちのなかでも、長く美しい毛並みをもった美猫です。
アンの欲しいものを持っている彼女は、ぜいたくだと思いました。そんな言葉は、いやみでしかありません。
「どうして、わたしだけフサフサの毛が生えないのかしら」
落ち込むアンをなぐさめるように、お母さんが、手作りのセーターと靴下を着せてくれました。
「さあ、アン、鏡を見てごらんなさい」
お母さんに言われたとおり、鏡をみると、フワフワの黄色いセーターを身につけたアンがうつっています。
「わあ! 素敵なセーターだわ」
ボンボンのついたそのセーターは、とてもおしゃれであたたかいものです。
「これをつけてできあがりよ」
また、お母さんはピンクのリボンを、首に結んでくれたのです。
黄色いフワフワのセーターと、真っ白な靴下、赤いリボンを着けたアンは、とても可愛くなりました。鏡の中の自分の姿に、みとれてしまいます。
「ありがとう。お母さん。わたし、とても気に入ったわ」
アンは出かけるときには、いつもお母さんからもらったセーターと、靴下とリボンを身につけていました。
「まあ、素敵!とてもセンスがいいわね」
「アンはスタイルがいいから、よく似合っていて羨ましいわ」
「いいわね。わたしもそんな素敵なセーターが欲しいわ」
みんなにほめられて、アンはとても嬉しくなりました。
「やあ!アン。今日の君はとても可愛いね。足が僕とおそろいだ」
アンが恋する猫の男の子、ショコラが声をかけてきました。彼は、茶色のシャム柄と白い色をミックスさせた、ハンサムなオス猫です。足の先は靴下をはいたように白く、健康で立派な体つきをしています。白い靴下をはいているアンは、たしかに、ショコラの足に似て見えます。ショコラに可愛いとほめられ、足がおそろいになって、とても嬉しくなりました。
「ありがとう。嬉しいわ。ショコラ君」
いままでのなかで、これほど喜びにあふれたことはありません。あれほど気にしていた、毛のない体のことなど、どうでもよくなりました。
ある日のこと、アンはお気に入りのセーターと、靴下とリボンをつけて出かけました。歩いていると、どこからか泣き声が聞こえてきます。見回してみると、小さな白黒の猫のハクが、泣いているのでした。
「わーん!いたいよ!いたいよ!」
「どうしたの?ハクちゃん」
ハクの足を見ると、釘がささって赤い血がにじんでいます。歩いているときに、ふんづけてしまったのでしょう。
「まあ、かわいそうに。いたいのいたいのとんでけ!」
アンは釘をぬいてあげ、足をハンカチでしばってあげました。
「これじゃ歩けないわね。そうだわ」
アンは靴下をぬいで、ハクにはかせてあげました。お気に入りですが、仕方がありません。
「さあ、これで少し楽になるからね」
「うん。ありがとう」
そのあと、アンはハクをおぶって、家まで送ってあげました。お気に入りの靴下がなくなって、少しさみしいけれど、これでハクが楽になるならかまわないと、思いました。
また別の日のことです。アンは赤いリボンとセーターを着て出かけました。歩いていると、となりの黒猫の女の子、キキがしくしくと泣いていました。
「どうしたの?どうして泣いているの?」
キキは言いました。
「お気に入りのリボンを、カラスにとられちゃったの。これからパーティーだったのに。もう間に合わないわ」
「あら!ひどいカラスね。そうだわ。これをつけていきなさいよ。」
アンは首に結んだ赤いリボンをほどくと、キキの首に結んであげました。
「いいの?なんだか悪いわ」
「いいのよ。困ったときは、お互い様だもの」
「ありがとう、アン。あなたの優しさは、決して忘れないわ」
キキは、アンにお礼を言うと、パーティーに出かけていきました。大切なリボンでしたが、アンは、キキの役に立てたことを、嬉しく思ったのです。
寒さが増した数日後、アンは、お気に入りの黄色いセーターを着て出かけました。
歩いていくと、目の前に止まっていた自動車が、走り出しました。ふと見ると、野良猫のトラマルが、ぶるぶると震えています。彼は自動車の下で、寒さをしのいでいたようです。
「ああ、寒くて死にそうだ」
とらまるは歯をガチガチさせて呟きます。そのやせこけた体を見ると、アンは気の毒になりました。彼女はお気に入りのセーターを見つめて、しばらく迷っていました。このままだと、トラマルは風邪をひいてしまいます。思いきって、アンはセーターを脱いで、トラマルに渡しました。
「良かったら、これを着てちょうだい」
「いいのかい?アンだって寒いだろう?」
「わたしは大丈夫よ。家に帰ればあるから」
「そうかい?ありがとう。ああ、これはあたたかいな。恩にきるよ。アン」
アンのセーターを着たトラマルは、あたたかくなったようで震えがとまりました。
セーターまでなくなったアンは、はだかになってしまいました。やや桃色がかった、しわだらけの模様も毛もない体は、寒さが身にしみます。寂しくなったアンは、涙をながしました。
「わたし、また、みっともなくなっちゃった。」
こんな自分を誰にも見られたくなくて、急いで帰ることにしました。
「あれ!アン。どうしたんだい。何も着ないで寒いだろう。何かあったのかい?」
偶然にも、ショコラが泣いてるアンに、声をかけてきたのです。
「あっ!ショコラ。やだ、恥ずかしいわ」
アンは、毛のない体で泣いている姿を、ショコラに見られて悲しくなりました。恥ずかしくて逃げようとするアンを、ショコラが引きとめます。彼女はお気に入りの靴下やリボンやセーターがなくなったいきさつを、ショコラに話しました。
「そうだったんだね。アンはとても優しいね。でも、残念だな。すごく似合ってて可愛かったのにな」
可愛いと言われて嬉しかったのですが、同時に悲しくなりました。何も身につけてない、毛のない体は、みにくいと感じたのです。
「わたしって、服を着てないとこんななの。毛がなくてシワもよってるし、わたしも他の猫さんみたいにモフモフの毛が欲しかった」
思わずショコラに、愚痴を言ってしまいました。
「どうして?僕はきれいだと思うよ」
「えっ!?わたしがきれい!?」
ショコラの言葉に耳をうたがいます。
「だってそんなにきれいな肌だし、足と尻尾が長くてスタイルいいしさ。それに、困っている猫を助けてあげるところが、何より優しくてきれいなんだよ。僕はそんなアンが好きなんだ」
「えっ!?わたしを好きって本当!?」
アンはまるで夢を見ているように感じました。
「嬉しい。わたしもずっとショコラ君が好きだったの。」
喜びにみちたアンは、ショコラに気持ちを伝えました。
アンの恋は実ったのです。
良いことは続くもので、アンが助けてあげた猫たちから、お礼のプレゼントが届きました。白黒子猫のハクのお母さんからは、真っ白なブーツを、黒猫のキキからは耳までかぶれるピンクの帽子を、野良猫のトラマルからは、大好きなマグロのゼリーをもらいました。さらに、お母さんが、ごほうびにと、赤いワンピースをこしらえてくれたのです。さっそく、アンはワンピースと帽子とブーツを身につけました。
「素敵だわ。みんなありがとう」
アンの姿は、鏡に美しく映りました。
その姿で、アンはショコラとデートすることになったのです。
「とてもきれいだよ。アン。これは僕からのプレゼント」
「わあ!素敵ありがとう」
ショコラは、星のブローチのついたオレンジのスカーフをプレゼントしてくれました。そのスカーフを首にまいた彼女は、さらに美しくなりました。
「これはわたしからのプレゼントよ」
アンは、ショコラの首に、ふかふかの黄色いマフラーを、まいてあげました。
「ありがとう。あたたかくて素敵なマフラーだね」
ショコラは、とても喜びました。アンは今までにないくらいの幸せに感謝しました。今は、毛のない自分を、少しずつ好きになっていけそうです。アンとショコラ、2匹の心はつながったのです。
きっと神様が、優しいアンに、ごほうびをさずけて下さったのでしょう。
月日は流れ、アンとショコラは結婚して、子猫が生まれ、幸せに暮らしました。
めでたしめでたし