東京って、なにもないのね。
東京のとあるホテルの最上階にかえってきた。
電気をつけずにソファーに倒れ込む。ここに泊まってはや2日になる。自分の家のような安心感。ここに私を傷つけるものはいないし、悪いことはなにも起こらないと直感する。
目下には池袋駅と東京タワーがみえる。
今日は一日中、だいすきな君と一緒にいた。「今度はピアス買おうね」「リング買おうね」と言って買わないのは、約束事を引き延ばしておきたいから。というのは私だけなのだろうか。
カバンの中からペットボトルとスマホを探す。スマホにウォークマンとイヤホンが絡まって一緒に出てきた。私が改札で別れたくなくて君に腕をきつく絡めてる時と同じ執着をウォークマンから感じとった。
ウォークマンはずっと再生されていた。君が教えてくれた曲が。
手を繋いだあの時も、改札を出た時も、可愛いねと笑ってくれた時も、この曲がエンドレスでずっと流れていたんだ。
映画みたいな日だと思った。私だけの映画。あるいはミュージックビデオ。
「東京って、なにもないのね」
「ぼくたちが空っぽだからだよ」
そうなのね。なにもない街で、一緒に走って笑ってプラネタリウムみて、お酒を飲んだのね。
でもそれが凄く楽しかったのよね?
池袋駅はまだ眠らない。
人の眠気を吸い取って輝き続ける夜の世界が東京なんだと思う。
私の眠気も吸い取ってどこまでも、東京は輝いて、どこまでも逃避行できる気がしてたね。
でも実際はそんなことなくて、どこにも行けなくて、山手線で迷って、プラネタリウムで後ろの席の人に蹴られて、コンビニで年齢確認されて、気がつけば「そろそろ終電だから」と言われて手を離してしまう。
現実はそこで終わって、また私は一人で夢の世界に戻ってしまう。
私にとっての現実は君が隣にいる時間で、それ以外は全部夢で、全部まやかしで嘘なんだ。
いまホテルの最上階にいるのも、池袋駅をみてるのも、東京タワーをみてるのも、全部夢。
いつもぼんやりしているね。と言われるのも、何考えているのかわからない。と言われるのも、いつも微睡んでいるからなんだ。
君の隣にいる私が本物で、それ以外の私は全部存在しないんだって君にも思っていてほしい。
次は半年後にあえる。それまで私は毎日夢に生きる。昨日買った服も、どこで買ったか思い出せないくらいの不透明度で。