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かさねあわせ


あと四回辛いことがあったら死のう。
私はそう決めていた。
一回目は、一緒に飛び降り自殺を図ったが、友達だけ入院した時だった。
二回目は、四年前に急に連絡が取れなくなった彼と会った時だった。
三回目、四回目はまだかまだかと思っていると、辛いことがなにも起きなかった。そうして死にたい気持ちが峠を越えると急にばかばかしくなる。
だが友達が急に部室に遊びに来るように突然に辛いことが起きる。そのショックで何回目か分からなくなる。
その繰り返しで私は辛いことを何度も繰り返していまを生きてしまっている。


青臭い匂いが胸に染み付く登校中のこと、あの日、自殺を一緒に図った友達とばったり会ってしまった。
その子は相変わらず華奢な躰をしていた。目はリスのようにくりくりしていて髪は日に当たって亜麻色に輝いてみえた。
「久しぶり」
どちらかともなく声がでた。私たち二人は笑って喫茶店に入った。もちろん大学はサボった。
窓際の程よく陽のあたる場所。窓の外から見える学生。かけられている古いレコード。この店特製プリンとコーラフロート。向かい側に座る友達も同じもの。
なはずだったのだ。いつ死のうか。場所はどうしようかと話した過去とメニューが違った。
「コーヒー好きだったっけ」
「最近ね、」
コーヒーと
「ハニートーストもすきなんだよね」
ハニートースト。リップにパンくずが付くからトースト嫌いだと言ってたじゃないか。
四年。
座っていても血の気が引くのがわかるほど長い年月だった。四年の間に彼女は生死を彷徨って、生きている。死にたくないという苦しさも、生きたくないという苦しさも、実感してきたのだろう。その間に、食も服装もメイクも変わっていったんだ。
私は?
私はなにか変わってる?
目の前で肘をつきながら口にパンくずと蜂蜜をつけて窓の外を見ている彼女をみて、変わってないところを必死に探す。
「プリン…一口いる?」
「んー、欲しい。たべる!」
どんなに時間が経っても、子供のように口を開けて待っているところは変わっていなかった。
口を開けて待っていると必ず私が食べさせてくれるという絶対的な自信。
何故かまだ乳歯が残っている口の中にプリンを落とし込むと彼女は目じりを下げた。
「ねえ、死ぬ前に読んでた本まだ読み直したりするの?」
彼女の口についたパンくずを拭いてやりながら彼女に聞いてみる。
「まだ読んでるよ。プレゼントしてくれた本だもんね。」
「そっか。お気に召してくれたならよかった」

彼女が入院して一年経った頃、彼女は誕生日を迎えた。私は毎年彼女の誕生日には、忘れられない誕生日を更新してやろうという気持ちでプレゼントを選んでいる。
一昨年はシーリングスタンプセット、去年はストームグラスと本。今年は傘だ。この傘は宮内庁御用達なそうでかなり優美なデザインで彼女に似合っていた。雨の日に部屋で読書するのが好きな彼女だけど、もしたまに外出する気が起きた時も陰鬱な気分から少しでも嬉しい気分になってほしい。
毎年のように花束とメッセージカードとプレゼントを持って病院に入る。
人工呼吸器をつけながらも意識はある彼女の耳元にゆっくり話しかけて朗読に入る。週に2回しか来れないけど彼女も私もこの時間を大切に想っている。ページのめくる音、彼女の呼吸と私の声が混ざって物語は進んでいく。
彼女は声も出さずに目じりを下げて少し笑う。こんな時、演劇部で良かったと思う。
あの日教室で話さなければ、あの日2人で提案し合わなければ、あの日、やっぱり飛び込むのやめようよと言っていれば。彼女は人工呼吸器をつけることなく18歳になっていたのかもしれない。
頬に軽くキスをして病室を出ると、同じクラスの男の子が立っていた。
彼は彼女が好きで、私と違って毎日お見舞いに来ているらしい。彼の手から下げられた袋にはゲーテの詩集が入ってた。
彼は私と話がしたいと誘った。
病院のコンビニで2人でジュースを買って中庭に座り、気まずい沈黙を共有した。
「僕はずっと前から彼女がすきなんだ。」
知ってる。
「入学式から」
知ってる。
「君のせいで彼女は瀕死なのは知ってるよね。」
知ってる。
「僕は君が憎い。」
知ってる。
「だから会う時間をずらして欲しい。じゃない君を殺してしまいそうなんだ。」
わかった。
「彼女の事を唆して自分だけ生きてる気分はどうだ?」
またこれ。
親、教師、友達、みんな私を恨んでる。唆したんじゃない。彼女と私が話していくに連れて一緒に死のうと思っただけなのに。否定していくのも面倒くさいので私が唆した事にしている。もし彼女では私が入院していたら、彼女が唆した事になっているのだろうか。
彼女はみんなに好かれていて、私はあまり好かれていない。たったそれだけの違いなのに、彼女が唆した事にはならなさそうだった。
私たちのよくこと知らない人は
「私が唆した」
そうやっていう。忽ち目の前の男の子が可哀想な生き物にみえた。大好きな彼女ことすら良く見えてない。私の事を悪くいうことを彼女は最も嫌うのに。
「ゲーテの詩集、彼女もう全部読んでるから違うプレゼントにした方がいいと思う」
とだけ残して彼を置いて病院を出た。
唆した。勝手に恨まれたり、推測されたり、好意を持たれたり、他人の感情にまで責任を持てない。

「あ、雨だ。」
彼女の言葉で現実に引き戻された。随分長い事私達は黙っていたらしい。
「そろそろ出る?」
「そうだね。」
ここは私が奢って駅まで送ることにした。
「プレゼントしてくれた傘持ってきたんだよ。」
「ほんとだ。気が付かなかった」
「自分であげといて?」
私は苦笑いした。過去と現在を引き合わすのに必死で傘なんてみてなかった。
「はやく差してるところ見せてよ。」
「わかった。」
軒先で花が開くように傘を広げると、大人っぽくなった彼女にその傘はよく似合っていた。
「似合ってる。」
「一緒に入って。」
と手を引かれておもわず心臓が重くなって過去を思い出す。あの日も彼女が手を引いていた。
一緒に入ると背丈は全く変わっていなかった。158cmの彼女と167cmの私。私が傘を持って右肩を濡らす。彼女は濡れている右肩に気づくけどなにも言わない。
私は彼女に仕えるのが当たり前だし、彼女は私に甘えるのが当たり前なのだ。
だからあの飛び降りた日は私たちの主従関係が消えた瞬間でもあった。
「駅まで送ってくれてありがとう」
「いや、大丈夫だよ。」
「じゃあね。」
彼女は私の頬にコーヒーの匂いがするキスをして傘を畳んだ。
私は背を向けてなにも変わってない彼女に安心しながら駅の本屋に向かって歩き出した。
まだ変わってない部分しか知らないだけで、変わっている部分もあるかもしれないけど。これから知っていけばいい。
本屋の前に着いた時彼女が私の元へ走って来た。
「次いつ自殺する?」
私は頭の中で数える。
三回目の辛いことと四回目の辛いことをゆっくり手繰り寄せる。
私は彼女を記憶と同じようにゆっくり胸に抱き寄せる。
「いつがいい?任せるよ。」
「あの時と同じこと言ってる。」
顔を寄せあって笑い合う。ショーウィンドウに写る私達の顔は、あの日教室の窓に写り笑っていた高校生の私達だった。

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