雨に焦がれる

雑誌で「デート特集」とあって萌えたので唐突にデートSS企画をはじめてみました。デートというものがとても好きです。

前にリクエストしてもらったものを書いていないことは、ごめんなさいわかっています………いつか書きます………!
もらった名詞一語をお題として、いろんなかたちのデートを書いてみます。よければすこしお付き合いください。

ひとつめのお題は「傘」。しみからもらったお題です。アイナナの大紡にしてみました。梅雨も明けましたね。



窓の外に広がっていたのは、恋愛小説だったら「いまにも泣き出しそうな」、と表現されるような空だった。


「……これは降るなあ」


どんよりとした灰色は、手元の画面に映る天気予報の傘マークに相当な説得力を持たせる。どうしよう、独り言は服装のことではなかった。濡れてもいいようにこないだ買ったばかりのレインパンプスを履くことも、裾が長いスカートは避けることも既に決めている。邪魔にならないような大きさのショルダーバッグを肩にかける。

待ち合わせ場所までは歩いて行ってもすぐだし、彼が指定した時間まではまだだいぶ余裕があった。けれどわたしはどうにも落ち着かないので、早めに家を出てしまおうと決める。そうして、普段は決して手放さない「それ」を、ベッドの上に放り出したまま行くことも。



「あれ、早かったな。お兄さん余裕持って出たと思ったんだけど。結構待った?」

「いえ、今来たところです」

「はは、そっか。ならよかった」

「……なにがそんなおかしいんですか」

「いや?嬉しいだけ。デートの定番の台詞だろ」

「な、」

「紡はすぐ照れちゃって可愛いねー。店、ちょっと歩くんだよな。大丈夫?」

「……はい」



わたしが彼にからかわれ、照れてちょっと口ごもるなんて珍しくも何ともないことなので、大和さんは気にしていない様子でわたしの斜め前を歩き出した。何の変哲もないビニール傘を左手に持ち、右手で今から向かう店の情報が出ている画面を時折確かめている。

いつも。いつも彼はこうだ。「デート」と言葉を使う。決してそれに特別な意味なんて込めていないのに。……いや、ある意味では特別なのだろう。わたしと彼はもちろん恋人同士ではない。けれどマネージャーであるわたしを、彼はグループのリーダーとして、最年長として、代表してとても特別に扱い、大切にしてくれる。それが優しさなのだと解っている。からかいも、真剣に捉えてわたしが重く受け取らないようにという優しさ。解っている。わたしはそれを有り難く、とても嬉しく思っている。……はず、なのだけれど。



「……紡?どうした? あ。降ってきちまった。折り畳み持ってるよな?」



何にも言わないわたしをさすがに訝しんだ大和さんが振り向いたそのとき、ぽつり、雨粒が落ちてきてわたしの前髪を濡らした。態度によらずマメに身だしなみを整えるところのある彼が、ハンカチを取り出して当ててくれる。

わたしは移動のとき、家族や友人と遊びに行くときも。決して折り畳み傘を忘れない。メンバーといるときは尚更だ。だから彼が確信を持った声音でわたしにそう投げかけるのも当たり前のことだった。



「持ってきて、ません」

「へ」

「……デート、なんですよね。だから、持ってきてません」



――見上げる形になることを、この近距離を、意識していなかったと言ったら嘘になる。こんなわたしを大和さんが知ったら軽蔑するだろうか。浅はかな駆け引きのようなことを、まだまだ彼に比べて幼いことしか言えないにもかかわらずやってみせるわたしのことを、気付いていて拙いと笑うだろうか。



「……お前ね。そんな真っ赤になるなら、最初っから言わなきゃいいのに」



呆れたように言ってみせる、その声は普段通りだけれど、彼がわたしに当たらぬよう差した傘の中、見上げた彼の首筋も、ほんのり赤い。触れざるを得ない腕は、すこしあつい。

特別じゃなくていい。大事なマネージャーじゃなくて、普通の女の子としてあなたの隣に立ってみたい。わたしの身勝手な気持ちをあなたが見透かしたら、馬鹿だなと思うだろうか。それでもいい。こんなことを、わたしに思わせるあなたがわるい。



「……大和さんのせいですよ」

「なにがよ」

「秘密です」



雨はしばらくまだ、止みそうになかった。わたしの願望どおりに。




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