魔法の溶ける瞬間をいま

デートSS企画ふたつめ。
お題は「時計」。2つめでさっそくほもになってしまいました。アイナナのナギヤマ。そしてさっそく明るくないです。りっちゃん(@rtk0530)、お題ありがとう。ナギヤマは絶対に大和さん視点しか書けない。2部あたりの時系列と思って書いています。



薄暗い店内は、どちらかと言えばカフェというよりバーと呼ぶのに相応しい、夜が似合う作りだ。照明だけでなく、カウンター席があったり、ソファ席のテーブルは作業をするような大きさではなく丸く小さなものであったり。ただしきちんと店の種類を主張するようにメニューにはアルコールやつまみがほとんどなく、そのためかこの時間帯には俺たちの他の客がほとんどいなかった。

後ろめたい逢瀬にうってつけの、場所。


俺たちの始まりは、いまは目の前で優雅にカップを口に運ぶ王子様の単なる気まぐれだった。いや、こいつにそう言ったら否定をするだろう。気まぐれなどではありません、と。けれどどうしても俺には、そうとしか思えなかった。「ワタシはヤマトが好きです。ですから、恋人として、過ごしたいのです」と、向けられた言葉。言葉にきちんと似合う、真摯な声音にもかかわらず。

こいつがその手で扱うだけで、量産品の白いカップも王室御用達の一品に見えてしまう。伏せているから尚更際立つその睫毛は男の長さじゃねえよなあ、と、まじまじと見てしまっていた。もうすっかり見慣れているはずなのに。


「ワタシの顔が、それほどお気に召しましたか」


青い瞳が、俺を捉える。


「……普通そこは、『顔に何かついてますか』って聞くところだろ」
「ワタシの美しい顔をそんなに長い間見ているのです、理由はひとつしか考えられません」
「へーへー。自信がおありでよろしいこった」
「間違いではないでしょう?……ヤマトはワタシの顔を好きですから。ワタシは顔だけでなく、ヤマトの全てを愛していますが」
「…………、お前は相変わらずだな」


にっこりと。完全無欠の笑顔を向けられてややたじろぐ。ここで肯定しようものなら、俺がこいつの顔を好きということも、こいつが俺の全てを、あいしている、ということも認めたことになってしまう。認めるわけにはいかない。
変な意地が、俺にはまだ残っていた。



「美しさ」に、かたちがあるなら。それはナギそのものだと思う。「芸術」と人が口にするとき、多くは絵画や彫刻を指すけれど。俺はそんな動かないものなど、このすがたが動いて表情を変えてきらきらと光をまき散らすことに比べたら、何億分の一も価値がないと、本気で思っている。もちろんそんな恥ずかしいことは誰にも言わない。けれどたぶん、こいつは、俺がそう思っていることをどこかで気付いている。


男のメンバー相手に更に恥ずかしいことを承知で言うならば、ナギはここのところ、輪をかけてうつくしくなったように思う。美術品に血が通ったような、と、表現すれば良いだろうか。持っている魅力を崩さないだけでなく、本人の表情が豊かになった。活き活きとした様子が加わった。
それが俺の贔屓目ではないことを示すように、仕事のオファーが増えた。以前はナギによく来る単独の仕事と言えば、その容姿から、雑誌や広告など静止した宣伝のモデルばかりだった。最近はバラエティ、CM、仕事の媒体が多岐に及んでいるとマネージャーも喜んでいたのを覚えている。

恋をしているからです、と、俺とふたりきりのとき、臆面もなくナギは言う。

そうか、とは、言えなかった。そんな自信はなかった。うしろめたいおうぜ。既婚者でも他に相手がいるわけでもない。仕事仲間とは言え、この関係のために仕事を放り出す気は微塵もない。けれど後ろめたい。それは、きっと、俺だけだろう。この関係が周囲にばれるのがこわい。男同士だからと言うのも、もちろんある。けれどもしナギと他のメンバーがそういう仲になったのだとしたら、俺は理解も応援もできるだろう。いちばんの問題はそこではない。このうつくしさを、俺が、この宝石のような存在を、こんな俺が傍で大切にしていて、良いのだろうか?許されるのか?


答えは、否だ、とすぐに浮かんでしまう。他の誰でもない。俺自身がそう答えてしまう。

であれば、この関係を、本当は早く終わらせれば良い。


今だって、一刻も早く、この店を出て寮に戻るべきだ。そもそも今日は俺が一日オフ、ナギは夕方まで仕事。わざわざ落ち合って一緒に過ごすなど、そう多くはないことだ。今は他のメンバーは皆戻っているはず。下手したらもうタマあたりは寝ているかもしれない。

アルコールが入ってでもいれば遅くなることの言い訳にもなるだろうが、未成年と2人でそれはできないし、実際素面だ。早く寮に戻って、「ナギのアニメ映画に付き合わされてさあ」とでも言おうか。アニメショップのほうが、良いだろうか。せめて、ミツに、ラビチャを。

しなければいけないことが浮かんでは消えていく。目の前のナギがカプチーノを飲み進めるすがたに、ただ、見入る。


「……そろそろ帰らなければ、皆が心配しますね」


静かにナギが呟く。置いたカップの残りはあとすこし。俺のカップにはもうなにも残ってはいない。ラストオーダーは何時なのだろうか。


「………まだ、いい」

「ヤマトらしくありませんね。もう、遅い時間ですよ、」


そう言って微笑むナギが、腕時計を確かめようとした。その手首を、摑む。無意識の行動だった。


「これでは、時計が見えません」

「そのためにそうしてる」

「デートの引き延ばし方としては、紳士的ではないですね?」

「……そうだな」


見るな。時計を、見るなよ。まだ、ここに、俺の、目の前に、

12時の鐘は鳴らない。だったら時計の針を見ずにいさえすれば、時が止まってくれるんじゃないか。そんな訳はない。シンデレラは逃げた。けれどこいつは、しっかり摑めば、俺の傍に残ってくれるんじゃないか。どこにも行かずに。そんな、訳は、ない。俺の傍に留めておくべきではないはずなのに。


俺を愛していると微笑む顔が、幸せそうなその顔が、魔法ではないとはどうしても思えないのだ。そしていつか、魔法が溶けてしまうのに、俺はきっと耐えられない。だったら惹かれてしまっていることを、認める訳にはいかない。

けれど、もう遅い。


「そんなに泣きそうな顔をしないでください。……ワタシは、どこにも行きませんよ。ヤマト、」


声音すら甘くうつくしく、天使のようなこの男は、俺を救い、そしてまた底の無い奈落に突き落とす。

店員が様子を見に来る気配が全くない、大きな観葉植物の影になった隅の席。ナギはこの席を選んだときから、俺の心など見通していたはずだ。透き通るように白い指が俺の頬に伸びる。観念して瞳を閉じた。



(title by 30)







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