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現代詩の世界2022/1/21『バレンティヌス』
アレクサンドリアから麦の穂が出る
イグナチオは深紅のガウンをたたむ、そしてそれを頭上へと
この葦原の国、このみずのしたたる、生物の島
プエルトリコから黒いペンキの塗られた列車が走る
山脈を縫い、谷川を渡り、空と崖のあいだ
神々は次元の違う存在として列車の床下を覗き見る
そびえる山々をたたえるのか、くずれさる大地の放心を
てのひらは、ちからをこめて、世界をひとにぎりとする
指はこの世界の創造をかまわず、つきすすむ、なんどでも創造する
神々の存在の「かまくら」のように内部はあたたかい
もちを焼け、白い餅を、なんどでもひっくりかえすのだ
神々はそれを食する
神々は氷の道を渡る、こころは氷の道を化術する
氷の花・氷の樹々・氷の塔・世界を見渡すために、氷の天気柱
石化する神々の顔を、ピラミッドの内部に描いている
顔料は石の粉である、わたしの顔を描くものも
無の顔は、ヒングーシーの歌に描かれる
太る幹の内部にとざされて、かくまわれているアンガ
聴診器はその内臓の血流をさぐる
フクロウの首がまわる、そしてフクロウの眼はひらく
森の内部、森の堅牢なる静けさを、アガメムノンは知る
定立された論理の痩身の影が語る 世界の葉脈
そして巨大なパラソルは、この街を包含する
濁流である、窓を突き破り、クリスタルの天井を、持ち上げる
ヒンズークシの泥の発火する、土は瓦解する、泥水の発火する
心療内科の発火する、青天の切断と、湧き水の突如として
キャラはキャラメルはキャンターはすんでのところで
嘔吐する、レジスタンスの嘔吐、鋼鉄の机は
神々はひきしぼられた弓の永遠につよくはりつめた世界の
ガンガンガン、ガンガンガン、ガラガラガラ
ひとびとは世界を周回する、強い日輪の、船は出現する
ジャンジャンジャン、ジャンジャンジャン、ガーガーガー
ひきしめられた、残雪する、ひきしめられた、蒸発する
バレンティヌス、彼は死の国から、甘いチョコを要求する
ヒナギクやパンジーやユキワリソウは白い世界に
描かれた顔を水化する
暗い石棺の納められた奥の石室の湿った感覚を覚えている
暗い日輪のまだまだ昇らない暗闇の雪ふる前の感覚を
覚えていますか
バレンティヌスは庭の花を一輪づつつみとり
まだあけきらない朝の庭の道をとぼとぼとゆく
こうして透明なみずが、かわいた世界にしみだしている
愛、そんなもの、知らない。