現代詩の世界2022/2/18『太陽神ラー』
ロシアの空の太陽を、冷たい雲の向こう側の太陽を
ボール紙の光、苔だらけの、人間の目
ひとつの魂が空にのぼって ひとつの幻が天にのぼって
ガランドウのロシアの大陸の森林のガラスの玉座を
『ラー』は低く大地を照らす、『ラー』は原潜の鋼鉄のあたためられた
しげる植物の茎は、ラジウムの青白い光を放ち
「王」はかみしだく、「王」は正義の太刀を振り上げ
天空の城はかき乱されて世界はニガヨモギ、世界は有毒ツノガエル
胸の肉をはぎとられ、肺臓は冷たい液体の、カタログのホウ酸の中へ
『ラー』は伸びた爪を切らねばならない、岸壁をはいのぼるために
『ラー』は叫ぶべきであるか、痛みと悲しみのために
野菊とカササギとノコンギクの愛憎のために
しわくちゃの玉ぶくろ、涙目で、ちりちりの白髪で、弱り切った『ラー』
鋼鉄の朝日、焼けた子午線、見る者はみな溶けて流れる
核融合する身体の輝きの眼は潰れて心肺はアカツキの激痛
温泉の湯舟の中で、魂はカサノバの歌を歌い、ホオズキは赤い
ひるどきの蟹の料理をだまって食べている
『ラー』は人知れずカマスの頭にかぶりつく
「わたしは神である、わたしは太陽神である、空を見よ」
やがてスミレの花が咲く、ロシアの大地にも、原潜の鉄の壁にも
原発の炉心の赤い心臓の燃える肺臓の肝臓の脾臓の腎臓の壁にも
その時わたしは見るだろう「焼けて叫ぶラーの姿」
悲しみは現代の一般的存在のありかたであり、苦しみもまた
カブラダイコン、ナタネアブラ、レッドオニオン、オイル漬け
君は天空の落第生となり、煮干しのきらきらと、君は食卓の
『ラー』は永遠の命と味の素の瓶とかまくらの喉飴とスカシバ
約束しよう、果てしない約束をしよう、君は永遠の魂の苦しみの
大地と空と肩甲骨とソーセージの吊るされてスモークされて
君は『ラー』、眠ることもできず
大地の終わるところ、ここから先は宇宙ではない
魂を捨てて、指輪を捨てて、冠を捨てて
誇りを捨てて、ただひとり果樹園のさびしい時間の実る木陰
あまりにわたしは空にとどまりすぎたのだ
地へ落ちて、ここに落ちて、へたばってしまおう
オオゴンの金属の身体は熱くてまだ燃えていて
湖の冷やされた涙の水のおしのけて沈んで行く
アルプスの岩を溶かして沈んで行く
君は地球の中心のそこはまだ見えない闇の
包まれて安心の知覚のひとりとどまりつづける
アセビの花のオダマキの花の菱形の花の
明日はすべての太陽が沈んで行く
血を求めて。