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寮歌の作り方 ー作詞の過程を解説!ー

色々あって(何もなかったけど)長らく更新してなかったけど、ちょっと書きたいことがまとまったのでペンを執った次第です。

さて、今回のお話しはタイトルにもした通り、寮歌の作り方です。
※ここでいう作成とは主に作詞することを指すと思ってほしい。

恵迪寮と寮歌作成について

僕が暮らした北大の恵迪寮には100年以上にわたって寮歌が作られ続けているという、世の中的にも稀有な歴史がある。
寮歌についてはこちらも合わせてどうぞ↓↓↓

恵迪寮では、現在でも毎年新たな寮歌が公募され、寮生の手によって作られている。僕も在寮中に3回ほど応募したことがあり、幸運なことに2度もその時の寮歌として採用していただいた。

寮歌は寮生にとっての一種のアイデンティティでもあることから、新寮歌作成の注目度はそれなりに高い。晴れてその年の寮歌として採用されると寮歌普及委員会からインタビューを受け、それらが一枚の紙に新聞のようにまとめられて各部屋に配布されるのが習わしとなっている。
なお、これを寮内では寮歌珍報(りょうかちんぽう)と呼んでいる。

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実際の寮歌珍報「広がりし海原に」(H30)

インタビューの中では、「寮歌の作成秘話」や「作ろうと思ったきっかけ」など、まだ明かされていない、かつ当人しか知り得ないような情報を探るための質問が鉄板である。そして、少なからず聞かれるのが、そもそも「寮歌はどうやって作るのか」という質問である。

実を言うと、僕はこの質問が苦手だった。(してくれた人、ごめんね…)
故に、僕は満足な回答をしていないような記憶がある。もちろん、これにはいくつか理由がある。
1つめは、企業秘密との思いである。今後も寮歌作成に関わる気持ちがあったので、手の内を簡単にペラペラと話したくはないというのがあった。
2つめは、寮生としての美徳である。自分の手掛けた寮歌を卑下するわけではないが、寮歌作成者として驕っている部分が出ないようにするのが配慮であり、過去の作成者たちへの最低限の敬意だとの思いである。選ばれたからといって、得意げにベラベラと話すのはどこか気が引けた。


今、それらの気持ちがなくなったわけではないが、寮を出たことで多少の変化があったことは否定しない。今回はこれらの思いをすべて押し入れの中に押し込んで、改めて「寮歌ってどうやって作るんですか?」という質問に僕なりの回答をしてみたいと思う。

寮歌の作り方

まず、寮歌作成の段階は、大きく分けて以下の4つがあると思っている。
(0,構成の発端)
1,着想

2,テーマ
3,構成
4,補完・調整

これらを流れに沿って解説していこう。
また、それぞれの例示には僭越ながら僕が手掛けた3つの詞(※)を使いたいと思う。
ひょっとしたら在寮時には話し尽くせなかった内容あれこれが、これを機に思い出されるかもしれないと、密かに楽しみにしている節もあるが、はてさて…。

(※)
平成30年度寮歌 「広がりし海原に」
令和元年第111回記念祭歌 「奔る流れ」
令和2年度没寮歌 「自治の方舟」
上2つについては下記の「北海道大学恵迪寮寮歌集アプリ」から歌詞や曲をチェックできますよ。
https://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~mkuriki/phone/ryoka/

1,着想

では、1つめである。これはきっかけとも言えるだろう。
最終的に詞に盛り込みたい要素の欠片を集めていく作業である。


ただ、きっかけには「①、個人的なもの」と「②、みんなと共有したいもの」の2種類があることに気をつけたい。

1−①、個人的なもの

例えば、「いつかは寮歌を作ってみたいと思っていた。」や「寮歌史に名を残したかった。」といったものは自分本位の個人的なきっかけだ。もちろんこれらを否定するつもりは毛頭ない。僕だって何度このことを考えたことか…笑。(寮歌作成そのものが、突き詰めたら自分本位の塊みたいなものなのだろう。)
しかし、これらを直接的に寮歌に盛り込むことは少ないだろう。作成のモチベーションとはなり得ても、作詞に直結するものではないのである。
ただ、個人の経験が大きなウエイトを占めた寮歌が作られることもあるということを忘れてはいけないだろう。

0,構成の発端

思考の順序に並べたときに、ここに構成の発端がないと寮歌が作れないのではないか感じたので、割り込むかたちになるが、この位置で説明をしたい。
しかし、これはふとした瞬間に思い付いたものを寮と関連付けているためか、如何せん説明が難しい。

H30については、当時「うす紅の」のような構成(春夏秋冬まとめの形)、自然をメインで歌ったものが好きだったことに由来する。そこに、士幌の要素を加えたいとも思っていた。また、R1第111回も「芳香漂う」の2番を知ってから、その情景がずっと残っていたことから「寮生=サケ」という関係が導かれたと思う。これはある日B棟の風呂に入っているときにふと思い浮かんできたように記憶している。

強いて言えることは、寮歌へのアンテナを張って好きな寮歌を自分なりに見つけていくことだろうか。日常生活においても寮や寮生、寮生活に置き換えたら…と想像できることはたくさんある。(例えば、動物園で箱いっぱいに餌を入れられてるのを見ると食い極しているな、とか。)
方法はともかく、豊かな発想力を養いたい。(?)その中で、なにを寮歌として歌い、伝えていくかはまたちょっと別な話ではあるのだが、大枠を外してはいないように思う。自分のこころに響いたもの、好きなものと寮とを結びつけることができれば、しめたもんだと思いたい。


1−②、みんなと共有したいもの

これは、「今の寮(寮生)に伝えたいこと」「この寮歌を通して(後世に)伝えたい、残したいこと」などである。

寮歌はその当時の寮生の投票(例外もあるが)によって選ばれ、それが後世にも伝わっていくものである。よって、寮歌を通して思いを共有する対象は、今の寮生であり、かつ後世のまだ見ぬ寮生たちとなる。

さて、上の個人的なものと比べたときに、より強く寮歌作成の動機づけとなるものはこちらだろう。記念祭歌なら前者の意味合いは一層大きなものになるし、寮生活に起こった大きな変化(近年ならコロナの流行)などを反映させる場合は後者となるだろう。
これらが、1つの寮歌に共存する場合も少なくなく、それこそが今の寮生によって選ばれるという部分の現れだろう。


では、実際に僕が寮歌を作成する際に何から着想を得ていたのか。
それは、ズバリ既存の楽曲であることが多かった。
共感した詞の内容であったり、感じたイメージを自分の作る詞に込める欠片として集めていた。特定のフレーズやこの曲の詞のこの部分から感じたメッセージのイメージを反映させたい、といった感じで伝わるだろうか。
決して、詞をそのままに拝借するということではない。念の為に。


最後に、3曲の構成の発端と参考楽曲は、以下の通りである。

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最後に

自分では、さほど意識せずに行っていたことを改めて説明しようとして、言葉選びに苦慮した場面が多かった。特に着想を得るまでの部分がなによりも大事な気がする上に、多くの人が1番気になるところかと思うが、うまく説明できた気がまるでしない。
今も寮歌を紡ぐ寮の一寮歌作詞者が感じたことと思って受け取って貰えればと思う。どうやら寮歌についての情報というか考えは、どこかの世界では一定の需要があるようなので、その足しにでもなったのならば望外のことである。
続編(2〜4)もあるので近日中には、と思っている。

それでは。

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