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寮歌好きなら登っておきたい?、手稲山っ!

7月某日、快晴の夏空をみて、ふっと山歩きに行きたくなった。

今回、選んだのは手稲山。市街地からも近く、個人的には札幌の山といえば手稲という感覚もあって即決した。軽くネットで下調べしたところ、平和の滝コースが、初心者〜中級者向けで道中にはがれ場もあって登山を楽しめるコース、とのこと。なんだか丁度良さげ。

というわけで、スタート地点である平和の滝に到着。
ここは心霊スポットとしても有名で、夜に来たときはひんやりとした空気がなんとも気味の悪い印象だった。しかし、昼間は岩肌に滝の飛沫と新緑の木々が映える美しい場所に様変わりしていた。

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準備を整えて、いざ出発!
歩くコースはこんな感じ。(山頂側の看板だけど。)

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歩き始めてしばらくは、川と平行する道をひたすら歩く。この日は1人だったので、もうただただ歩く…。途中すごくクワガタとかがいそうな匂いがしたけど、昼間だった事もあって姿は見つけられず。それでも登山道沿いにいろんな生き物(特に昆虫)と出会えて、虫好きの僕としては満足である。

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↑ ガクアジサイ、川沿いにたくさん咲いてた。青い花は森に映えるよね。

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↑ コムラサキ、日光を受けて翅のつけ根のむらさき色が鮮やかに。

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↑ エゾシロチョウ、普通のモンシロチョウよりもかなりでかい。

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↑ エゾシカの足跡、途中で熊鈴が壊れちゃったから動物には出会わなくて一安心。

そんなこんなで1時間ほど歩くと川沿いの道を外れて、いよいよ山道に。結構な勾配で、なによりも雨が降ったのか足元がぬかるんで歩きづらい…。
エゾマツの林を抜けると斜面の視界が突然開けて、本格的ながれ場が目の前に広がる。

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さっきまで歩いていた林が下に見える通り、かなりの急斜面。そしてこれはまだまだ斜面の下の方。上はもっと急で手を使ってよじ登る感覚だった。毎度思うが、これのどこが初心者向けなのだろうか笑。

この岩場を抜けたら頂上までは意外と近い。
木々の合間から鉄塔群が見え隠れするようになったら、もう少し…!

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開けたところにある石碑?みたいなやつ。ここが山頂、ではない。危うく間違えるところだった。電波通ってて良かった。(頂上を画像検索した)

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近い、そしてでかい。こんなに立派なアンテナが立ってるのに、山の下の方では電波が入らなかった。解せぬ。
基地局には作業員もいた。なお彼らは車で来ている。

てな感じで、山頂に到着〜!
あいにくの曇り空で景色が最高に楽しめたわけではなかったけど、達成感は得られたので満足。
9:30 平和の滝を出発
11:10 山頂に到着
なので、1時間40分くらい。(ネットでは登り2時間半ってなってたけど…。)そりゃ、疲れるわな笑。

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晴れていれば、この奥に羊蹄山とか定山渓の方が見えるらしい。
この日は曇ってて見えじ。

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石狩の風力発電とかも(一応)みえた。

手稲山は、ご存知サッポロテイネスキー場がある山。
ということで、冬場は賑わいを見せているのであろうスキー場側にも行ってみた。

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ゲレンデには花が咲き、チョウが飛び回っていた。
この赤い花はおそらくコウリンタンポポっていう帰化植物…。ヨーロッパ原産で北海道で広く野生化しているらしい。(どうりで本州では見たことなかったわけだ。)

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リフトの降車場から。こんなことができるのも夏だからこそ。
(まだ滑りに行ったことない。)

とまあ、山頂を散策していたらポツポツと雨が降り出したので急いで下山。
全然写真も撮ってない。

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山の天気は気まぐれ。雨は一瞬。
木漏れ日の差す小道を抜ければ、下界へ。
登りとは違って少し余裕があったが、そのたびに前日にあった面接での受け答えがフラッシュバックして萎えた。

11:40 下山開始
12:20 登山口に到着(1時間半)
雨に濡れた岩場は、足元が滑って思いのほか時間がかかった。てか、岩場が多すぎて、下る方がむしろ大変まであった。

最後に、もう一度平和の滝の滝壺へ。吹き上がる水しぶきが夏の暑さをわすれさせてくれる。自然の涼を身に受けたところで帰途についた。


おまけ ーー寮歌と手稲山ーー

恵迪寮の寮歌には、手稲山を歌ったものが多くある。寮歌アプリで検索すると、一帯ゆるき(M40)に始まり、実に20曲以上に「手稲」という歌詞がある。

では、寮生にとって手稲山とは、どのような存在だったのだろうかーー。

歌詞を見ていくと、手稲山が歌われる特定の条件があることがわかる。
それが、夕日、夕焼けである。都ぞ弥生(M45)にも2番で、「手稲の嶺 黄昏こめぬ」と歌われるとおり、とにかく夕方の情景と手稲山を結びつける描写は多い。
これは、手稲山が恵迪寮の西側、つまり太陽の沈む方角に位置していることに由来すると考えてほぼ間違いないだろう。手稲山が、寮生にとって夕方の象徴的な存在であったことがうかがえる。

(個人的には、平成以降この「手稲」というワードがめっきり少なくなっていることも気になる。琴似、発寒など西側地区の開発が進んだことで、寮生が手稲山を身近に感じなくなったこととかが、影響してるのかな?なんて思う。)


今回は真っ昼間に登ったので、寮歌に歌われているような夕手稲を感じることはできなかったが、寮歌の地を実際に自分の足で踏みしめてみてはいかがだろうか。

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