ばらがき 8
捌
作戦の大本を練るのは土方が請け負い、そこに納得するだけの肉つけは山南が行うことになった。
その間、近藤は総司のもとに行き、源三郎とともになだめ役にまわっている。
土方は本能的な閃きは群を抜くが、細かいところにまで目が行かない。
山南は、あらゆる隙間を封じるのに長けているが、度肝を抜くような思いつきはできない。
だから、この分担は至極理にかなっている。
――さて、どんな策略でくるのか。
策がねりあがるのをまっている間、はじめ少年は自分がそわそわしつつ楽しんでいるのを感じていた。そんな自分に、意外さと面白味も感じている。
山南と、よせあっていた額を外した土方は、目の端をてらてらと赤く輝かせた。
興奮しているのだ――大っぴらに、人を斬れることに。
はじめ少年は、何かが、ぞくぞくと音をたてて背筋を這い上ってくるのを感じた。
「これから直ぐに奴らの場所の特定をして、夜明け前直前に討ち入りに行くぞ――いいな?」
新八が、口をへの字にまげる。
討ち入るのであれば早ければ早いほどよい、相手に準備と肚つもりをさせる間を与えてはならないのは、喧嘩の常套。そんな事は、土方こそが誰よりもよく知っているはずではないか、と言いたげだ。
新八の不満、というよりも疑念に対して、にやり、と土方は笑ってみせると、山南が間に入って説明を始めた。
「もうすぐ、暮六つになります。奴らも順番に腹ごしらえをするところでしょう。人間は討ち入りといえば真夜中、という暗黙の了解があります。これから暮れていくにつれて、彼らも気を張るでしょう。いつこちらが動くか、と緊張の連続ですが、どうせ半可なあぶれ者ものです。集中力など、もって明け方まででしょう。途切れた瞬間、そこを叩きます」
「けどなあ、山南さんよ、博識なあんたが奇襲って言葉の意味を知らねえとはいわせねえぞ? なんだってそんな、時間を開けるんだ? 場所を特定したら、直ぐに殴り込みゃあいいだろうが」
「そこが私たちがつけ入る狙い目なんですよ」
山南の答えに、土方がうすく笑う。
目元は引き締まっているのに、に~……と横にのびる口元がいやらしくおぞましい。新八は、自分で迫っておきながら、ぶるっ、と身ぶるいする。「彼らも、君が言ったように考えていることでしょう。よもや御前試合をする当日に我々が動くまい、とね」
左之助少年が目を見開いて、あっ!? とさけび、平助少年は、なるほど、となんども首を上下にふる。
「暁七つに押し入る――いいな?」
土方の堂々たる宣言に、この場にいる者みなが、覚悟を決めた。
ごく、と喉をならしながらも、深くうなずく。
問題は、そのあとに続けられた言葉だ。
「あいつらぁ、総司が出張ってくるとは思っちゃいねえだろう。だからあいつを頭にたてる」
平助少年と新八、左之助少年は目を丸くした。てっきり、近藤を筆頭にたてて殴り込み、いやおどしをかけに行くのかと思っていたらしい。
破落戸たちの中には、天然理心流の近藤勝太を知っている者もいるはずだ。近藤の顔をみて、ひるむ者がでれば、統制はくずれる。そうなればますます浮き足立つだろうし、みつを救出しやすくなるのが道理だからだ。
それに、いまの総司は冷静さを欠いている。何をしでかすか、わかったものではない。
年若い3人の考えをよんだのか、にやり、と土方は笑う。
「総司の腕を、いやというほど思い知れば、逆にもう、せこい手はつかわねえだろう。ああいう奴らは、とことんまで思い知らせてやらねえと、増長しやがる。やるなら、徹底的だ。なで斬りにしちまわねえといけねえ」
「近藤さんには試衛館に残っていてもらいます」
「えっ……? こ、近藤さんは行かねえのか?」
「向こうは数で勝っています。我々が討ち入っているあいだに、試衛館を奪われでもしたらどうするのです?」
「そりゃあ、そうだけどよぅ」
「それに」
「それに?」
「襲撃に成功した瞬間が、一番、気が抜けるものです。そうしたとき、腕がたちながら無傷でいる人物がひとりは必要です、それから」
「それから?」
「おみつさんを救出した後、匿うとするなら、ここほど安全な場所はありません。以上の観点から、近藤さんは本山に鎮座していていただくのが、一番よい」
「……けどよぉ、山南さんよぉ」
「向こうは、やくざ者との喧嘩に近藤さんを引っ張り出すのも目的なのですよ。玄武館の名に傷をつけた試衛館の評判を貶めるのも、彼らの目的にひとつなのです。うまうまと、のってやる必要はありません」
「いや、のってやろうじゃねえか、それも、徹底的にな」
「ならば、のりつぶしてやるべきでしょう」
――まて、まて、話しが大概な方向にそれているぞ、土方さん、山南さん。
はじめ少年は腹の中でつっこんだ。
三人組もはじめ少年と同意見なのか、押し黙る。若年組の中で一番年上の新八が、すまねえ、といく分おずおずしながら手を挙げた。
「話しはわかるけどよ、やっぱりよ、ここぁひとつ、近藤さんにゃあ出張ってもらいてえな。戦わなくてもいい、せめておれらの背後を守っていてほしいぜ」
喧嘩なら負ける気はしない。
が、今回は本当の斬り合い、殺し合いになるのは必死だ。
近藤は不器用だが、頼もしさは随一だ。
赤穂浪士たちが討ち入りの際、大石内蔵助がたたく山鹿流の陣太鼓を心の寄り心としたように、生命を懸ける以上、自分たちも近藤という安心感がほしい、と思うのは当然だ、という主張だった。
探るような面持ちの新八たちを前に、これだけ言っても、てめえらは、と土方は首を左右にふった。
「あんな下衆い屑どもに、近藤さんを利用させて良いってぇのか? 情けねえこった」
「それでしたら仕方ありません。君たちのおもり役に近藤さんに出てきてもらうしかありませんね」
土方と山南に同時に、やれやれ、と肩をすくめられた三人組は、毛を逆立て、おいこら、ちょっとまてやぁ! と騒ぎだす。
「なめんなよ! 俺たちゃ餓鬼の使いにいくわけじゃねえんだ、おもりなんざいらねえや、馬鹿たれが!」
「おうともよ! 総司のやろうが大将! おおいに結構! 暴れてやろうじゃねえか!」
「そうですよ! ぼくたちだけで充分です! いえ、もう帰ったかと近藤さんに言わせてみせましょう!」
――いや、まて、こら、落ち着け。のせられているのはお前らだ、気付け、馬鹿。
顔を真っ赤にして我先に討ち入りの準備に取りかかる3人を見ながら、はじめ少年はまたつっこむ。
呆れているはじめ少年をよそに、土方は片頬を持ち上げてにやりとし、山南は目を伏せて、ふっ……と短く笑っている。
――この二人、阿吽の呼吸でお互いの短所を長所で補い合っている。
若年組三人は気がついていないが、土方と山南のことばには両名にはどちらも、猟奇に近い嗜虐性と加虐性がある。蜜の心配は心配はそれとして、大ぴらに剣を振るって血で虹をつくる瞬間を、背筋をぞわぞわさせながら待ち構えている。
――この状況を楽しんでいる奇妙な人らだ……いや、ここまで来ると奇人と変人か。
こんな時でも、はじめ少年の人物評価は容赦がなかった。
総司を頭にして忠臣蔵よろしく討ち入るのはいいとして、それもこれもまずは、破落戸どもがみつを隠している根城を探しだしてからのはなしとなる。
「玄武館とつながりのあるやくざ者たちの足場となっている店なら、わたしもいくつか見当はあるのですが……」
めずらしく、歯切れの悪い口調の山南に、山南さんはひっこんでな、と土方は肩を持ち上げた。
「根城の特定は、おれがやる。なぁに、待たせやしねぇよ」
言うが早いか、土方はもう、薬売りの姿になっている。
――なるほど、これなら相手に怪しまれずに近づける。
ひとり納得がいった顔つきで、じ……、と見ていたはじめ少年を、土方は、へっ、と憫笑めいた笑みをうかべ、拳でこづいた。「そういやぁ、お前の答えを聞いていかなったな。どうする? 行くのか行かねえのか、どっちだ――」
「行く」
短く、そして自分でも驚くほどするどく、はじめ少年は答えていた。
腰にした剣の柄を握りしめて背筋を伸ばしたはじめ少年の眼尻は、きりきりとつり上がっている。
新八と左之助と平助は顔を見合わせながら、ぐび、と喉を鳴らしながらなんども生唾を飲みこんだ。はじめ少年の希薄に気圧されたのだ。なによりも、おどろいていた。
「おい……こいつが喋ったのってよぉ、試衛館に来て、はじめて、じゃねえか……?」
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