【おしごとエッセイ】わたしとおしごとたち。~こども夜喫茶~
前回、「もう一度行きたい、行けない場所へ。」で書かせて頂きましたが、私の実家は幼少期、祖母と祖父が経営する喫茶店兼パン・お菓子屋さんでした。流石に本当に小さい頃なので、手伝いと言うところまでは至らず、祖父がパンの耳をカットするところをじっと眺めていたり、そのパン粉を鳩に食べさせるために細かくちぎったり、新作のメニューをおいしいおいしいと食べたり、お菓子を盗み食いしては叱られて陳列し直したりなど、身内として寧ろずっと構って貰っていました。
が、夜になると別です。我が喫茶は時折、知り合いや親戚、常連だけを集めて開催される「夜喫茶」がありました。所謂無礼講、好きな差し入れやおかずを持ち寄ったり、メニューにはない酒類が出てきたり、普段とは違う中央の空いたテーブル無しの席配置で皆で顔を突き合わせ会話を楽しむという、一風変わりな光景でした。
そう、中央が空いてそこへ皆が向ける視線の先が、私の人生初めてのお仕事場でした。夜喫茶のエンターテイナーは私だったのです。
いつもはボーイッシュなスタイルが多かった私は、その日ばかりは祖母のひらりと長いスカートを履き、数名の観客へ向かって必死に語り掛けます。その日学校であったこと、今私たちの間で流行ってること、将来の夢や祖母や祖父の裏話など。時にはリクエストに応じて、物真似や歌を歌ったこともありました。元々人前に出ることが得意ではなく、学校の発表会なども苦手なくらいにあがり症だった私の顔はというとひたすらに紅潮しっぱなしで、縮み切った喉から出る声と言うのは酷いものでしたが、恥ずかしさとは違うワクワク感や楽しさのようなものがずっとこみ上げていたのを覚えています。
仕事、と言ってもあくまで祖母たちの輪の中に入れて貰っていただけのこと。ただ、それでも観客はお菓子をくれたり、時にはお駄賃をくれたりしました。そう、それは人生初めての賃金たち。勿論お駄賃はすぐに祖母たちのお菓子屋さんで使いましたし、貰ったお菓子はなかなか食べられずにぎゅっと握りしめてポケットへしまいました。どきどきしながらそっと食べたそのお菓子たちの味は、いつも盗み食いしているそれとは同じなのに全く違う気がしたことを、今でもぼんやり、同じお菓子をつい手に取ってしまうほどには、覚えているのでした。