スベった瞬間、人は宇宙に瞬く
昨日は朝目覚めた瞬間から目がゴロゴロしていた。しかし、上まぶたをめくっても下まぶたをめくっても、まつ毛は見当たらない。
どうにも不快だが「目にまつ毛入ったかも休暇」なぞこの世に存在しない。働き方改革に思いを馳せながら職場に向かった。
目の不快感は僕の1日にとってマイナスでしかないが、なんとかこれを逆手に取ってプラスを生み出せないだろうか。そう考えるのは僕がポジティブだからではなく、マイナスだけだと損してるようで悔しいからだ(自分で言うのもなんだが、僕はナチュラルボーンネガティブだ)。
僕はその日予定に入っていた打ち合わせの冒頭に、世間話として目の不快感について話そうと考えた。20歳そこそこの青年との打ち合わせ。緊張しているであろう彼をエレガントなアイドリングトークで解きほぐしてやろうではないか。それにより打ち合わせがスムーズに進めば、目の不快感も成仏するというものだ。
打ち合わせの時間がやってきた。Zoomの画面に映る青年の表情から緊張が見て取れる。僕は優しく語りかけた。
「今日、目にまつ毛入ってるみたいで痛くて、もし打ち合わせ中に〇〇くんにウインクしちゃったらすみません〜デュフフフ」
一気に表情がこわばる彼。とんでもない空気になった。そんなにスベることあるか。
東アジアで今最も空気が冷たいのはここだ。
青年が口を開いた。
「…まあ落ち着いていきましょう」
冷静。将来有望かよ。愚かなアラサーをたしなめてくれて本当にありがとう。
初対面でいきなり狙いにいったので、青年は僕の発言を笑っていいのか判断がつかなかったのかもしれない。出会い頭の正面衝突に巻き込んでしまった僕は重罪である。
いや、単純につまらなかっただけかもしれない。もしくは初対面の年上男の「ウインクするかも」がシンプル気持ち悪かった可能性も。
原因はどうあれ、スベった瞬間の、あの時空が歪んだような感覚は忘れられない。いや、本当に歪んでいた可能性すらある。時空が歪むってことは、そこはもう宇宙である。スベることは、宇宙と繋がることなのかもしれない。青年が表情を固くしたあの瞬間、僕は宇宙を泳いでいた。
もし今後スベったときは「ごめん、いま宇宙行ってたわ」と言おうと思う。そのまま宇宙から帰ってこれない可能性もあるが。
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