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スッポン観

私が爬虫類屋を始めた理由は、話が来たからなのであるが・・・笑
そんな無味乾燥な私が店を任されて初めて入荷をさせた生体が、オーブリーフタスッポン(Cycloderma aubryi)なのである。

オーブリーフタスッポン。
名前だけでも覚えて帰ってください。

アフリカに生息するこのカメ(というかスッポン)の名前を聞いてピンと来るものは爬虫類に明るいものでもあまりいないかもしれない。実際、輸入されたこと自体が十数年ぶりで、本の中でしかお目にかかれないような貴重なカメだったのである。
そのようなカメが私が店を任されるタイミングで輸入されたことに運命を感じた訳であるが、入荷させることに迷いがなかった訳ではない。それは文献を見る限りでは飼育にシビアな、つまりは飼育難易度の高いカメ(スッポン科自体がその傾向にあるが)であるという印象が強かったからである。これは輸入個体が少ないため飼育データが充分でないというところも大きい。しかし何事も挑戦である。私はもう素人ではない。データが無いのであればその道を切り開こうという安直な考え研究者魂が疼いたのである。そして何より旗揚げのための看板になってもらおうということで入荷に至ったのである。

オーブリーの顔はイカというよりイカ飯だと思うのだがだいたいピンと来たこはない。

そんなオーブリーフタスッポン(以下、オーブリー)であるが、独自の形態を持つことで人気が高い(一部では)カメではある。それは良くイカに例えられるヒダの発達した顔と、フタスッポンの名のとおり蓋ができる点である。蓋とは首を引っ込めた時に隙間なく閉じることができるということであり、ハコガメなど他のカメでも同じような形態を持つ種類もいる。ちなみに隙間なく閉じることができることにロイヤリティを感じるため、私がハコガメ好きなことは非常にどうでもいい。蓋のできるスッポンは5種類いてフタスッポン亜科(Cyclanorbinae)に分類されている。フタスッポンはキタ、ミナミに別れており後の1種はハコスッポン属(Lissemys)である。オーブリーはミナミフタスッポン属に分類されるが、キタミナミ共々オーブリー以外はみんな普通の顔をしている。

蓋ができるためフタスッポン。

飼育データの少ないオーブリーであるが管理できる自信が全くなかった訳ではない。文献と照らし合わせた結果、飼育方法を応用できるであろうと考えたカメがいたからである。それが南米に生息するマタマタ(Chelus fimbriatus)というカメである。なぜそうなのかというと、完全水性種であること、水質が酸性を好むこと、そして変な顔をしている(笑)ということである。冗談に聞こえるかも知れないが、これは的を得ている話である。特にヘビ類に多いのであるが、変わった顔をしている種類は変わったもの(トカゲ類など)を食べているのである。そのためルックスは人気が高くても、餌の調達に手間やコストが掛かるため飼育者数が多くない種類も多い。

テングキノボリヘビ(Langaha madagascariensis)
爬虫類喰いのヘビは特に変な顔をしている。

マタマタに話を戻すと、まさにそれに当てはまるカメである。カメの普通の餌とは昔から売られている人工飼料であるが、まず食べず(慣らせば肉片や個体によっては人工飼料も食べるが)基本的に生きた魚がメインの餌になる。摂餌方法は吸い込んで丸呑みにする方法をとっているため嘴が退化している。変な顔の要因はこれによるところが大きいのではないかと考える。そして案の定、オーブリーも吸い込み式の摂餌方法であった。やはり変な顔な訳である。

マタマタ
変な顔のカメといえば本種。

そのような感じでマタマタの応用で管理をしていて問題なく今日に至るのであるが、個人的なオーブリーの印象としては、箱になる形態のためハミ肉がみえないことから、太っているのかが分かりずらい。マタマタ同様普段はあまり動かないことから、状態が良いのか悪いのかがイマイチ判断しずらいことがあげられる。動かないことは吸い込み式の摂餌方法であることからも待ち伏せ型の狩をしていると考えられるが、オーブリーの方が泳ぎは上手いことと、突然活発に動いたりするため横着なだけではないかと考える。そしてもしかしたらマタマタより丈夫である・・・笑

ここからが本題です!笑


このようにオーブリーフタスッポンは非常にマニアックなカメなのである。その独自のルックスと、どこでも観られるカメではないということで看板の役割を充分に果たしてくれている。
一方で、スッポンだと聞いて「これ食べられるんですか?」と尋ねられることも多い。「そんなこと言ったらウチの生体みんな食べられますよ。食べるスッポンは別の種類です。」と答えているのであるが、これはある意味的を得ているのではないかと考える。そう、日本人にとってスッポンとは関係性の深い存在なのである。今回はそんなスッポンに対しての日本人の動物観について考えていく。

日本にはニホンスッポン(Pelodiscus sinensis)という在来種が生息していることもありスッポンは馴染が深く"鼈"という漢字まである。そして上記のように、単純に"スッポン”と聞いて料理や食材といったことを思い浮かべる人が多いことからもスッポン食の文化が日本に根付いていることが窺える。しかし私も含め、恐らくは多くの人がスッポンを食したことがないのではないかと考える。ちなみに私は昔、恋焦がれていた女性を熱心にスッポン料理屋に誘うという頭のおかしい青春時代を送っていたのは内緒である。食べたことのない理由の一つは価格の高い高級料理の部類に入るからではないかと考える。ではなぜスッポン=食べ物になるかというとスッポン食の歴史が関係しているのではないだろうか。

スッポン食の歴史は深く中国では3000年以上前、日本では1000年以上前からスッポン料理はあったようで当時も天皇や貴族など上流階級のものが食べる高級食材であった。庶民にスッポン食が広まったのは江戸時代からである。養殖の歴史も長く、1877年には人工孵化が成功している。それ以来、市場に出回るスッポンのほとんどが養殖ものになったようである。

https://supponyousyoku.com/whats-squirrel/history/#title1

このように日本ではスッポン食に長い歴史があり、スッポンが食材としての認識が根強いことが窺える。やはり当時から高級食材であり、もしかしたら江戸時代の庶民も高級なものとして食べていたのかも知れない。江戸時代と現代の庶民とでは感覚も違うと考えるが、養殖物が出回る現代で、なぜスッポンを食す機会がないのだろうか。それは解体が面倒だからなのではないかと考える。スッポンはカメである(カメ食文化は世界各地である)。皮膚に覆われてはいるが、その下には甲羅があり内臓が覆われている。それらを上手く取り出すのは衛生面も考えて一般家庭では難しい。また最低でも1匹3,000円はするであろう価格は食材としてはそこそこである。このようなことからお店で食べざるを得ず、スッポン代、解体代、調理代を考えると高級料理であるのも妥当である。もう一つの考えられる理由として、必ず食べておかなければならない料理ではないからである。タンパク源が限られていた昔と違い、現在では安全に美味しく食べられるタンパク源が沢山ある。スッポン料理はどちらかというと珍味のような位置付けになっているのではないだろうか。高いけど1回くらい食べてみたいかなくらいの考えが多いのが、現在の日本のスッポン食文化なのではないかと考える。これらのことから日本でのスッポンは食文化の影響が強く、家畜的な要素が高いと考えることができる。食べられている種類はニホンスッポンであるが、家畜は1種類が当たり前であるためスッポンは全部スッポンと捉えられても不思議ではないのかも知れない。

そしてもう一つ、オーブリーをみて"大きい"という感想を持たれる方も非常に多い。「スッポンてこんなに大きいんですか?」などと良く質問されるのであるが、食文化のスッポンばかりが先行し、動物としてのスッポンは蔑ろにされている節があるのでここで述べていきたい。

改めて述べるがスッポンはカメである。カメ目潜頸亜目スッポン科のカメの総称である。北米、アフリカ、アジアなどに20種類以上が分布している。このグループの特徴の一つとして非常に大型になることが挙げられる。最小種のヒラタスッポン(Dogania subplana)で最大甲長26cm。ニホンスッポンで最大甲長38cm以上である。店のオーブリーの甲長は25cm〜30cm程度であるからスッポンの中ではあまり大きい訳ではない。スッポンの中でも特に巨大なものとしてマルスッポン(Pelochelys spp.)、コガシラスッポン(Chitra spp.)は甲長100cm以上の記録があり、過去の文献では200cm近いとも言われていた。またナイルスッポン(Trionyx triunguis)で最大甲長100cm、インドシナオオスッポン(Amyda cartilaginea)で最大甲長83cmである。ちなみにオーブリーは最大甲長55cmのため、チューブリー中型のスッポンである。つまりスッポンはみんな大きいのである。

フロリダスッポンの♀個体
雌雄で大きさや色に差異がある。

ホビーや爬虫類飼育の世界でもスッポンは決して人気のある種類ではない。
流石にこちらの世界では所詮食べ物と思われているわけではないと思うが、大型になることも考慮されてか、飼育者数が多いとはいえない。
そして人気のないもう一つの要因として、みんな同じような容姿をしているからなのではないかと個人的には考える。フタスッポン亜科は上記の通りロイヤリティがあるため個性的であるが、大多数が所属しているスッポン亜科(Trionychinae)は完全水生種の超巨大種を除き大体同じような容姿をしている。鼻先が長く言ってみればどの種もニホンスッポンと似ているのである。ここがスッポンが全部スッポンと括られる要因なのではないかと考える。ホビーの世界ではその種の特徴的な容姿や色彩などをみてお気に入りの1匹を探したり、コレクションしたりすることが文化であったりするのである。これがスッポンでは色は明るいか暗いか程度。幼体のうちは派手な模様や色彩がある種類もいるのだが、大体は成長とともに消失してしまう。オーブリーも幼体の時期は真っ赤な体色をしているため、この頃のほうが人気が高い。テグー(Salvator spp.)の記事でも述べたが結局は色である(笑)。要は最終的に大きさ以外が同じような形態になってしまうため、コレクション性にかけるということである。そのため色々な種類を集めて差異を見比べるという楽しみ方もあるのだが、大きくなるため難しい。あとはどれだけ大きく育てられるかというある意味爬虫類飼育の醍醐味(私はそう思っている)を感じるのにはうってつけのカメであるのだが、そのような考えの人に飼育が限定されているのが現状である。

フロリダスッポンの幼体
カラフルな模様は成長とともに消失してしまう。

ここまでよく分からない持論を述べてきたが、これらはいままであまり語られてこなかったであろう側面に着目した一意見に過ぎない。実は冒頭でも少し触れているのであるが、スッポンは飼育が簡単なカメではない。甲羅を皮膚が覆っているということもあり皮膚の部分が多く、特に幼体時は皮膚病などのトラブルが非常に多い種類である。また多くは神経質なところがあり、水底に潜ることのできる細かい砂を敷いた方が良いとされる。また陸場やバスキングスポット(暖かい光を当てて身体を乾かす場所)を設置した方が良いのであるが、その場所が硬いと腹甲を痛めるなど何かと設備に気を使うのである。もちろん応用の仕方はいくらでもあるし、成長とともに融通の効く種類も多いのであるが、恐らくこのことが飼育者数の増えないことの真実なのではないかと考える。設備的にはトカゲを飼育するようなものであるし、飼育するとコミカルな動きなど一般的なカメとはまた違う楽しさがあるのだが。

よく見るとニホンスッポンとの差異はわかる。
アメリカスッポン属(Apakone spp.)は目元が特徴的。

この記事を読んでスッポンを飼ってみようと考えた方は恐らくいないと思うが、もし興味を持った方は色々と調べていただき、お気に入りの1種を見つけてもらえれば幸いである。とは言っても国内で養殖のおこなわれているニホンスッポン以外はいつでも手に入れることのできる種類ではない。つまりは国外からの不定期な輸入に頼っている状況である。探しても見つからないことも多いが、お気に入りの1種を首を長くして待つのも楽しみの一つである(スッポンと掛けている)。そして恐らく国内で繁殖の歴史が1番長いカメであるのだが、外国産のスッポンの繁殖が進んでいないということがこのことからもわかる。やはりスペースの問題であると考えるが、スッポンの繁殖を試みることはロマンであり、名誉なことである。挑戦してみるのも面白いのではないだろうか。

参考文献

高橋泉 1997年 『カメのすべて』 成美堂出版
冨水明 2004年 『ミズガメ大百科』 マリン企画
海老沼剛 2011年 『水棲ガメ』 誠文堂新光社
中井穂瑞領 2021年 カメ大図鑑 誠文堂新光社

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