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現実主義のオタクに"刺さる"と"刺さらない"
小説にしろ音楽にしろイラストにしろ、誰かに届かないなら意味がない。例えば、どんなに綺麗な単語をたくさん並べて情景描写をして難しい意味の言葉を使って小説を書いても、読み手に伝わらなければ、その場面が想像できないような文章では最後まで読んでもらえない。
どんなにたくさんの楽器を重ねてどれだけ流行りのリズムやメロディを作っても、歌声が潰されてしまっては聴いてもらえない。
どんなに豪華な舞台装置と衣装に有名な脚本家がついていたって、声が客席まで届かなくては話にならない。
膨大な時間をかけて一生懸命描いた絵も、画質が低ければ見ることも出来ない。
"刺さらない"
"刺さる"と言う言葉を検索してみる。
①先のとがったものが、ほかのものの中にくいこむ。 「とげが―」
②強い刺激をあたえる。 「その一言が胸に刺さった」
③深く納得したり、共感したりできる。
一般的な意味では①の意味で使うことが多いはずだが、オタクの間では②や③の意味で使う人間が多い気がする。
今回は楽曲に対する"刺さる" "刺さらない"の話をする。
私の好きな水樹奈々のライブに行き始めて10年。
ここ数年、好きになったばかりの頃に比べて水樹奈々の曲を聴いて"刺さる"ことが少なくなった。聴き飽きたというのは違う。
そもそも、初めて水樹奈々を好きになった時の衝撃が強すぎた。水樹奈々を全く知らなかったのに所謂"ジャケット買い"ってやつをして、1曲目を再生した時の音圧と歌唱力に圧倒された。
一昔前の漫画やアニメで恋に落ちた瞬間にハートに矢が"刺さる"イメージだ。1曲イントロを聴いた瞬間に「ズバッ」って効果音が聞こえた気がした。
好きになりたての頃は、知らない曲を聴くたびに、「あぁこのリズムいいなぁ」とか、「この曲カッコいいなぁ」とか、歌詞を見て「戦闘服って書いてドレスって読ませるの天才だなぁ」とか、1曲1曲が衝撃的だった。強い刺激を与える、の意味の"刺さる"だった。
ではなぜここ数年は"刺さらなく"なったのか。
まず一番は慣れだと思う。水樹奈々の歌声を聴くことが当たり前になった。飽きたのではなく、水樹奈々の歌声は今でも好きだけど、衝撃的だと思うことはなくなった。
ここで考えたいのはもう1つの意味の"刺さる"
深く納得したり、共感したりする"刺さる"
冒頭で話したように、共感できない、想像できない小説は読んでいて楽しくない。ファンタジーが面白いのは、現実ではあり得ない世界でも、その世界を上手く想像させているからだと思う。
ファンタジーやSFに苦手意識がある人間は、自分で想像することに苦手意識があったり、想像で補いきれなかったりするからじゃないかと思う。
結婚式で親への手紙を読んでいるのを聞くと感情移入して感動するけれど、全然知らない人の宛先を間違えたラブレターを受け取っても嬉しい人はいないと思う。
私の中では音楽も同じで、他人が誰かに向けて書いたラブソングや、絶対に叶わない夢の話やあり得ない話は正直なところ共感できない。
水樹奈々はファンに向けて大好きなみんなのために歌いますって言うけれど、私は現実主義を拗らせているので
「でも私に対して歌ってる訳じゃないんだよな」なんて考えてしまう。
あなただけいれば良いだとか、君のことを守るよだとか歌われても、ぶっちゃけ共感できない。
ラブソングが嫌いなわけではない。
例えば会えなくてつらいだとか、会えることを考えて嬉しくなるだとか、自分の気持ちを歌った歌にはすごく共感できる。
水樹奈々の失恋ソングだとか、本人曰くドロドロした曲に好きな曲が多いのは、嫉妬心だとか自分の醜い感情に共感できるからだと思う。
恋愛なんて綺麗なことだけじゃない。
恋愛以外の曲で感情移入しにくいのが、ファンタジーな世界観を歌っている曲。アニメの主題歌なんかが多い。
アニメやゲーム作品の楽曲が多くなり、どうしてもその作品に合わせた世界観の曲が増える。僕が騎士になってどんなことからも君を守るよ、みたいな歌詞、突然聞いても共感できない。
これに関しては、作品自体に触れていくと「あぁ、この歌詞はきっとこの場面なんだろうなぁ」とか「このキャラクターのこういう感情を歌詞にしたんだろうなぁ」というのが増えてくる。作品を知るほど、聴けば聴くほど好きになる。噛めば噛むほど味わえるスルメみたいな曲ももちろん好きだ。
でもやっぱりたまには聴いた瞬間に「グサーーッ」って刺されるみたいな曲に出会いたいなぁと思ってしまう。
水樹奈々が自分自身の気持ちを、自分のことだけを書いたみたいな共感できる"刺さる"でもいいし、イントロを聴いた瞬間に「なんだこの曲調すげぇ!」って衝撃的な"刺さる"でもいい。
誤解のないように書いておくと、"刺さらない"から嫌いじゃない。ゴリゴリに音圧いっぱいいっぱいのブチ上がるロックだって大好きだし、夢は絶対叶うよ!みたいな現実味のない曲だって時には背中を押してくれる。
現実主義で"刺さる"曲が大好きなオタクだけど、たまにはふわふわの綿飴みたいなファンタジーだって食べたくなる。
人間だからね、仕方ないね。