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2年好きなことを続けたら過去が変わった


すず


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こんにちは、初めまして!
いつも読んでくださっている方は
ありがとうございます。

02:00(にじ)というチームで文を書いています、
すずです。

もともと自分たちの作ったサイトで発信していたのですが、多くの方に読んでいただきたく、noteに引っ越してきました。

始めたての気持ちで
新しいスタートをきりたいです。
どうぞよろしくお願いします!


02:00は「好きの集合場所」というテーマで
自分の好きなものや、好きを大切に生きる人たちを紹介しています。「好き」という気持ちがもつパワーを信じています。
詳細や自己紹介はぜひAboutをご覧ください〜!



02:00は8月2日で2周年を迎えました。
書くことが楽しくてあっという間でした!


そしてタイトルの通り、続けた結果
過去が変わる出来事が最近あったのです。
今日はその話をさせてください。

(なんかnoteの1本目と思うとドキドキする...笑。
以下いつも通りkon.へのお手紙だと思って書きます〜。)


*****


まずは思い出話から。



私には思い出すたびに
心臓がキュッとなる経験がある。

それは高校時代の部活動。

陸上部員として過ごした3年間。
間違いなく人生でいちばん頑張って、
いちばん葛藤した時間。




私の所属していた陸上部は、
毎年インターハイ全国大会出場者がいるような県下有数の強豪校だった。

特に長距離走チームは『都大路』という、
県1位の学校のみ出場できる全国高校駅伝の舞台を男女ともに本気で目指していた。


同じ高校に2年早く入学した姉から
「陸部は本当にすごい」
「勉強もできる人が多くて、まさに文武両道」
「男女仲もいいし、みんな楽しそう」
と度々聞いていた私は漠然と憧れ、受験のタイミングにはその高校で陸部に入ることを決めていたのでした。
(中学校のバレーボール部で揉めごとが多く、団体競技はもうこりごり!って感じだった。笑)


そんなわけで未経験者としては珍しく
仮入部から陸部一筋で入部したわけです。







・・・このあとの展開、予想できるよね。



そう。
当たり前のように、部のお荷物になったの。



周りは小・中学校時代の有名人。全国大会にでていたり、陸上クラブに所属して市の代表として市町村対抗駅伝を走ったりしてきた、精鋭メンバー。

もう全然、レベルが違かった。
練習は想像の100億倍くらいキツかった〜。

毎朝5時に起きて、7時から朝練で7キロ。

汗がひかないまま教室に行き、授業は一日中爆睡。不名誉なことにクラスの『寝てる人ランキング』3年連続1位で殿堂入りしてしまった。

放課後も走り続ける。暑い日も凍える日も、台風でも走っていたな。

土日は朝練のあと山に行って走る。合宿で富士山を走って登り続けたときは、意識が朦朧とした。


そんな生活を365日中、363日くらい。
(元旦も朝練あるしマラソン大会に出るよ)


もちろん自分なりに速くはなったけど、
周りの人はそれ以上に追い込んで練習していて
やっぱりついていけない練習ばかりだった。




陸上部は校内でも特殊な立ち位置で
学校行事はすべて二の次。
部活優先で、文化祭も体育祭も準備は不参加。
修学旅行も行かなかった。


一緒に練習していた同学年女子の友達は、ケガしたり気持ちがついていかなかったりで、1年生のうちに全員退部した。(でもずっと応援してくれた
今も大事な友達。)


不憫に思ったのか、
いられると迷惑という考えからか、
何度も顧問の先生に呼び出されて
「辞めたらどうだ。」と言われた。

そのたびに「辞めたくありません。」
と答えていたのは、意地だったのか何なのか
今となってはよく分からない。
決めたことを諦めたくない、自分を嫌いになってしまう、と思っていたことは覚えている。



高校時代に戻れたら?

何度も自分に問いかけた、もしもの話。



1.2年生参加の校内マラソン大会で
後輩、後輩、後輩、後輩、後輩、私の順で名前が呼ばれて、全校生徒が「部内でいちばん遅い2年生」のことを理解したとき。壇上に向かいながら自分を恥ずかしく思った。

友達と一緒に辞めていたら、そんな風に悩むこともなかったと思う。


全身真っ黒で「黒人」といじられることも
階段で下を歩く人から「筋肉やばっっ」と言われることも、お菓子を断ることもなくて、
もっと甘酸っぱい青春があったかもしれない。



今は辞めることは悪いことじゃないと知っているし、絵とか勉強とか得意なことに力を注いでいたら違う人生だったのかもしれない。


あのとき必死にやったつもりになっていただけで、一人だけ離されて背中を追う自分を、どこか諦めていたんじゃないかな。いつまでも追いつけなくて、引退試合にも出れなかったのは、自分の気持ちの弱さが原因では?



何より、部活の汚点のような存在が居続けたことは迷惑な人もいただろう。
辞めた方がみんな気持ちよく走れて、全体のレベルもあがって良い結果が残せたかもしれない。



私・・・場違いのまま居続けてよかったのかな。



*****




えっ?何これ重いじゃん。
02:00で書くことじゃないよ!
好きのエネルギーの話とかしてなかった??

と思うでしょ。笑


苦々しい昔話に付き合いさせてしまっておりますが、ここからが本題です。


そんなわけで自問自答をするたびに


いやいや人生全部かけて頑張った時間があるって財産だよ!楽しい時間もいっぱいあった。

走ることも好きになって、卒業後ハーフマラソンやフルマラソンに出て自分のやりたかったことも叶ったし。


一人は寂しかったけど、先輩後輩に恵まれた。
その分大学めっっっちゃくちゃ楽しめた!

あの経験があったから、苦手なことは続けなくてもいいって分かったしね。


とポジティブマインドを奮い立たせて
蓋をしていたわけだけど、
やっぱりできなかった自分を思い出すたびに
心が少し痛んだ。






そんなある日、インスタで繋がっている陸上部の先輩からDMが届いたの。

「文章いいね!」って、当時部長をされていた
人間性も走力も偉大すぎる先輩がわざわざ送ってくださった。優しい。

許可していただいたので、そのときのやりとりを
以下に載せさせてください。
(※先輩のアイコンや私の名前は伏せてます)


なんか、救われた。

尊敬する先輩が頑張りや
居たことを肯定してくれて、
今に繋がっていると言ってくれて
もうこれ以上ないです。

この先、自問自答することはないと思う。
文を書いていてよかった。



ところで「どこまでも部長すぎます。」って
改めて考えるとどういう表現?笑





こんな出来事に出会えたのも
02:00を一緒に作ってくれる仲間と
読んでくださる方のおかげです。



皆さんがくれる楽しさや嬉しさがあるからこそ
続けてくることができています。
いつも本当にありがとうございます。


もっと書き続けて、また想像を超える未来に出会えるといいな〜。



私は02:00を続けることで
「好きなものを堂々と好きって言える人を増やしたい。読んでくれた人にわくわくする気持ちがうつって、その人の好きの世界が広がるといい」って願ってます。


コメントしていただけるようになったので、
ぜひ感想や、好きなもの・人・こと、
最近のブームでもずっと大好きなものでも、
たくさん教えてください。
初めて読んでくださった方も、スキやコメントしていただけると喜びます。
私の好きの世界も広がって人生のときめきが増えていくと、とても嬉しいので。


これから数日間はkon.からのお手紙はもちろん、
新連載「Talking」を初公開します。

また、これまで02:00に掲載された
kさんの「テニヲハ」と初瀬さんの「すきま」、
インタビューのバックナンバー記事を立て続けに公開していきますので、ぜひフォローをお願いします!



以上、
「陸上部は走らなくなったら普通の人」
「毎日お弁当を作ってくれた母は偉大」
と語る、すずからのお手紙でした〜。






今日の歌。

02:00の始まりはsumikaのライブだったね!
想像のその先へ連れていってくれる歌。


ではまた〜!!



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