【映画感想】関織子を救いたい!【若おかみは小学生!】


-導入-

 皆さんは『若おかみは小学生!』をご存知だろうか。

 
 原作は青い鳥文庫で小学生向けに出版されていた小説で、私と同世代の人は読んだことはなくても名前ぐらいは知っているのではないだろうか。また漫画化、アニメ化もされている。もう少し若い世代だとこちらの方が馴染み深いのかな?

 今回レビューする劇場版の『若わかみは小学生!』はアニメの続きではなく、原作のエピソードを抜粋して改編を加えつつ、一本で物語の導入から完結までを描いている。

 また、2019年の怪作『JOKER』が放映された際にTwitterで、「ジョーカーと若おかみは小学生!の抱える命題は同じ」と話題になった。青い鳥文庫原作で快活な小学生を主役に掲げながら、重たい設定と悪魔的な展開でインターネットをざわつかせた本作。アマプラでオススメに表示されたときに上記の流れを思い出して観賞となった。果たして『JOKER』に勝るとも劣らない喜劇的悲劇とは一体……


-作品情報-

タイトル:若おかみは小学生!
上映日:2018/9/21
監督:高橋希太郎
原作::令丈ヒロ子


-あらすじ-

交通事故で両親を亡くした小学6年生おっこ(関織子)。祖母が女将を勤める温泉旅館で若女将として働き、様々な困難や人とぶつかりながらおっこは成長していく。



-全体的な感想-

 最初に映画全体について軽くコメントすると、おっこがとにかく健気でかわいらしい。とても素直な彼女がその素直さや若さ故に空回りするも、最終的には人々の心を掴む姿は見ていて清々しい。周りの人(や幽霊)達も癖はあっても悪い人はいないため、皆(中盤までのピンふり除く)がおっこの成長を見守っている雰囲気が終始和やかで、成人して観るこの映画はそんな微笑ましい気分にさせてくれた。

 一方でどうしようもない違和感があったのはやはりクライマックスである。


-本当にハッピーエンド?-

ある日の接客中、おっこは一生懸命もてなした相手が両親を亡くした事故の加害者だと気づいてしまう。おっこは錯乱してしまい、両親の幻影を見ながら遁走する。しかし、虫の知らせで春の屋にやってきた姉代わりのグローリーに慰められ、おっこは回復し、自分は(関織子でなく)若女将のおっこだと周囲に宣言、祖母や両親の教え(花の湯温泉のお湯は誰も拒まない)に従って事故の加害者一家をお客としてもてなすため宿に戻る。そんなおっこの姿は誰の目にも若女将として映った。


 以上の流れが、感動のエピソード、成長したおっこがたどり着いた地点として演出されている。

 ハッピーエンド……なのか?

 いや、これでは若女将おっこはともかく関織子ちゃんがあまりに可哀想な気がする。以下にどうして思ってしまうのか解説する。

-おっこ分類-

 ここからのお話をスムーズに進めるために、おっこのなかに潜む2人のキャラクターについて以下のように分類したい。

関織子:若女将以外の部分、小学6年生のおっこ。両親がまだ恋しい年頃
若女将おっこ:若女将としてのおっこ、春の屋のお客様に心地よく過ごしてもらうのが第一
おっこ:前述の2つをまとめた、作中における1人の登場人物


-事故の傷と、若女将業という盾-

 劇中でおっこは何度も両親の幻影や白昼夢をみる。両親を亡くしてから1年も経っていない小学生なのだから、死を受け入れられていなくて当然である。ましてや普段のおっこは泣くこともなく気丈に若女将として働いている。事故の記憶や傷は無意識下に抑圧され、時折白昼夢としておっこの前に姿を現す。彼女のなかで死が処理しきれていない証左として、白昼夢のなかのおっこは『生きてるんだよね』と両親に話しかけている。

 そんなおっこは、若女将おっことしての自分を構築することで前に進んでいく。両親の死には目を向けられないなら、他に夢中になれるものがあればいい。若女将業はこの時のおっこにまさに必要なものであり、悲しい過去という茨から関織子を守る役割を果たしていた。

 両親の喪失というあまりに大きな傷は、小学6年生にはまともに直面できるものではなく、抑圧しつつ長い時間のなかで少しずつ消化していくべきものと考える。それを踏まえると終盤までのおっこはある意味理想的な立ち直りへの道を歩んでいたのではないだろうか。勿論この時点で若女将おっこというペルソナに比重を置きすぎていた節はあるが。ともかく、周囲の大人たちに見守られていたおっこの快復への道が、突然無茶苦茶になったのが先述のクライマックスである。


-開かれた傷跡-

 過失は少ないとは言え事故の直接の加害者が目の前に現れた。加害者その人自体が事故の存在、敷いては両親の喪失をおっこに突きつけることになり、おっこはその傷に直面せざるを得なくなってしまう。さらに嫌らしいのが、今までおっこが事故の傷から遠ざかるのに使っていた若女将おっこのペルソナでは、加害者その人はもてなし受け入れるべき春の屋のお客様になってしまう。

 関織子としてはまだ直面しきれない事実に若女将おっことして対応しようとする。となると、若女将としては加害者を受け入れざるを得ない。しかし、加害者を受けいれてしまうと若女将の仮面の裏に隠れた関織子の漸く癒え始めた傷を抉ることになる。

 客の前にいる限り傷つかざるを得なくなったおっこは、フラッシュバックと幻影のなかで遁走する。幻影のなかで自身の死を告げる両親。大ぶりのナイフが間違いなく関織子の傷を開きつつあった。パニック下のおっこは旅館の外へ飛び出す。若女将としての仕事を投げ出し旅館から離れようとするおっこ。そこに駆けつけたグローリーが現れ、慰められたおっこは何とか平静を取り戻す。そして、自らは関織子ではなく若女将おっこであると宣言し、別の旅館に泊まろうとする加害者家族を春の屋旅館に引き止めもてなすのである。


-加害者をもてなすという儀式-

何故ここで無理にでも加害者家族を引き止めたのか(花の湯温泉のお湯は誰も拒まないとしても宿変更は加害者側の希望なのだから問題ないだろう)初見の際は疑問だったが、おっことしてはここで加害者家族を逃す訳にはいかなかったのだ。

 グローリーに慰められたおっこは、若女将おっことして、両親の死を認めそれを受け入れることを決意した。加害者家族を旅館に泊めること、受け入れることは、事故と両親の喪失を若女将として受け入れるために必要な儀式なのである。ここでもし加害者家族がピンふりの旅館に行ってしまえば、おっこが両親の死を無理矢理にでも飲み込む儀式は中途半端に終わってしまい、喪失を克服したという象徴のイベントを逃がしてしまうことになる。おっことしては、両親の死から立ち直るために何としても加害者家族をもてなす必要があったのである。

 かくして若女将おっこは両親の死を受け入れ、ひと回り大きく成長したのであった……。

 ……ホントに!?


-乗り越えたのではなく、抑え込んだだけ-

 若女将おっこはお客様をもてなすことが至上命題であるからにして、過去の事実の痛みに耐えつつ目的に邁進して自分を保つことができるだろう。しかし、関織子、おっこのなかの年相応の部分、まだ両親からの愛情を受け足りなかった部分はどうだろうか。

 あんな強引なやり口では突然奪われた愛情に代償出来ないだろう。あのクライマックスは過去を乗り越えたのではなく、歪なやり方で再び抑圧したように見える。今後若女将おっことしての自我が崩れるようなことがあったとき、蓋をしていた過去は生傷のままおっこの前に現れるだろう。周囲の大人たちはおっこの健気さ前向きさこそ褒めるべきだが、もっと年齢相応の悲しみや心の柔らかさを大事にしてあげるべきだったのではないか。


 ゆえに関織子を救いたい。



・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・


 とは言いつつ、関織子は勝手に救われるだろう。

 おっこの周りには人がいる。彼彼女らはおっこが若女将だから関係を持っているのではなく、おっこの実直な人間性によって集まっている。今後おっこが若女将としての自分を見失ったとしても、周囲の人間がおっこ個人を保証するだろう。その関係性のなかで、両親の愛情とは別物だが同種の感情をやり取りし生傷は徐々に癒えていくのでないか。


-レビュー要約-

 天真爛漫な小学生若女将おっこ、その明るさの陰には両親の事故死という影があり、おっこは若女将の仕事に努めることでその影の冷たさから身を守っていた。クライマックスにておっこは何故か事故の加害者一家を無理矢理春の屋に泊めるが、それは若女将おっこにとって加害者を泊めることに両親の死を受け入れる為の儀式としての意味合いがあったからであった。周囲の大人たちはおっこを褒めてこそいいが、行動自体を肯定すべきではなかったはずだ。多くの人たちがあのシーンで違和感を抱いたのは、このような理由からではなかったろうか。悲しみを乗り越えたのではなく、新たに歪んだやり方で抑圧しただけのおっこ。しかし、仮にこれからおっこが若女将として自信を失っても彼女が築いた人間関係が彼女をサポートし、やがてその悲しみを和らげていくだろう


-おわりに-

 そもそも小学生向けの映画にいちゃもんをつけるのはまさに野暮以外の何物でもないが、Twitterの皆さんが言うほどにはこの映画はブラックではない気がしている。幻影に幸福をみるほど心の傷を負った主人公が最後に精神的に間違った学習をしてしまう、という点では『JOKER』と同じかもしれない。しかし、おっこは孤独でない。彼女の歪んだ学習は周囲の人間の体温によってやがて解けていくだろう。その点においては『JOKER』と全く違う。おっこの未来はきっと明るいのだ。

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 この文章は医学的な根拠に基づくものではありません。学術的、臨床的に間違った部分があればご指摘お願いします。

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