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20230218ドリショ追憶

 ドームの2階席から見下ろした世界はあまりにもうつくしかった。
 突き抜けるほどに高い天井。来訪を祝福するかのように降り注ぐまばゆい照明。端から端まで伸びる巨大なステージ。
 そして――無数の観客席。
 開演2時間前の座席は人こそまばらだったが、今はからっぽの空間にも、数十分のうちにたちまちペンライトの色が宿るのだろうという確信があった。
 これがライブ前の空気――。
 会場に踏み入れた瞬間の恍惚感を、私は未来永劫忘れることはないのだろう。


『NCT DREAM TOUR ‘THE DREAM SHOW2 : In A DREAM’ – in JAPAN』
 それが私の人生初ツアー参戦となった。
 私がNCT DREAMのオタクと化したのはほんのつい最近のこと。(シズニの皆さまへの最大限の敬意を表して、ここでは自身のことに限り『オタク』と称します。)
 元来私は’女‘という生き物に狂う性質であり、韓国アイドルについてもそれは変わらず、つよさとかわいさを兼ね備えたヨジャドルたちを幅広く嗜むだけだった。
 うつくしい顔面と抜群のスタイルを持ち合わせたヨジャたちをYoutubeでひたすら鑑賞する。日課とも呼べるその行為の中に、突如割り込んできたのが――NCT DREAMの『Candy』だった。
 きっかけはYoutubeの連続再生。ポップなイントロと同時に現れたのは、真っ赤な衣装に身を包んだ異常なくらいかわいい少年だった。
 えっ何このかわいい生き物――。
 そのステージ動画は3回鑑賞した。結果、ハマった。ハマりにハマって、赤い少年(ジェミン)から他の6人全員に目移りをし、最終的に水色の少年(マーク)のことを全力で推そうと決めた。
 とりあえず、Candyのアルバムは3形態購入。シーグリも購入。手元に届いたトレカやフォトブック、その他諸々のグッズの充実度に私は思わず涙ぐんだ。
「これ全部で2万円もいかないの!?」
 そう――普段2次元のオタクとして勤しむ私は明らかに常軌を逸していたのだ。(過去、衝動のまま2万円の推しの万年筆を買い、使い道のなさに大の字になった苦い経験が脳裏を過った。)
「なるほど、2万円しか使ってない。まだ全然’狂った‘うちに入らないわね」
 過去のアルバムを揃えたわけでもない。過去の配信動画をすべて視聴したわけでもない。ファンクラブに入会してもいないし、bubble購読に踏み切ってもいない。
 まだまだ私はライトなオタクである。
 オタクは推しジャンルが増えるたびに多幸感と焦燥感の間で圧死しそうになる生き物だ。※諸説あり。
 だからこそ、私は心底安心した。己がライトなオタクに留まっていることに。
 そんなとき、だ。『京セラドーム公演一般発売開始』の文字列をネット上で見つけてしまった。
 大阪に彼らがやってくるの!?
 今でこそ九州の辺境の地に住まう身だが、つい2年前までは大阪で学生生活を過ごしていた私だ。京セラドームには幾度となく通ったし(私はプロ野球オタクでもある)、大阪はなかなかに勝手知ったる街である。
 大阪へ赴くハードルは非常に低かった。
 でも、正直このときの私はためらっていた。
 私のような新参者(いわゆる’新規‘)が、アーティストとファンの神聖な空間でもあるライブ会場に足を踏み入れていいものなのか。
 それでも――申し込んでみたい。
 日本ツアーを開催するくらいには人気のあるグループ。一般発売で勝ち取るのは狭き門にちがいない。
 そうそうチケットをご用意されることはないだろうが、たとえご用意されなかったとしても、後々申し込みさえしなかったことを後悔するよりはよっぽどいい。
 どうせ当たらないんだからというこころの予防線と、ほんのちょっとの期待感をたずさえながら、私は応募画面に進んだ。
 そして一週間後――メールは届いた。
『第三希望 ステサイ体感席 : 当選』
 いやあマジか! まさか本当に「当選」の二文字を目にする日がくるなんて! 本当にライブに参戦する日がくるなんて! 本当に、ドリムのみんなに会いに行ける日が、くるなんて。
 メインステージは到底見えないし、音響だって良くないし、アーティストをなかなかにユニークな角度からしか観測できない、と噂の体感席だったが、私はすぐに飛行機と宿泊先の予約をした。
 それからライブ当日まで、私は気を失うかのように勤労の義務を果たした。
 私は2次元のオタクであり、プロ野球のオタクでもあり、かなしいかな、同時に社畜でもあった。
 ドリショのため、ドリショのためよ、がんばれわたし、今日もかわいくてかしこくてさいこうのおんななんだから、えがおはたやさないの。パワハラ上司なんか脳内で500回殴っておけばいいのよ。すべてはドリショのため!
 狂気じみた支離滅裂な思考を頭に巡らせながら日々をなんとかやり過ごし――冒頭に戻る。


 会場に足を踏み入れてからというものの、地に足がついた心地がしなかった。
 体感席とは言ったものの、メインステージこそは見えそうにないが、4列目の近さはかなりものだった。サイドモニターは充分に視界に入った。
 連日の社畜生活と早朝のフライト兼長距離移動が相まって、眠気は正直限界だったが、耳の奥底で心臓はとくとくとずっと鳴り響いていたような気がする。
 迫りくる『その瞬間』をしずかに待ち――ついに照明が落ちた。
 暗転。点灯。視界いっぱいに緑色のきらめきが広がる。
 刹那、映像と共にメンバーの声がした。
 歓声。カウントダウン。
 3、2、1 ――ステージに人影が現れる。
 一曲目のイントロが鳴り響いた瞬間、全身の血液が沸騰するかのような興奮が私のなかを駆け巡り、涙が出た。
 正直そのあとのことはよく覚えていない。
 およそ言語化できそうにない陶酔感が3時間に渡り続いたことだけは、たしかだ。

 文字通り、夢のような時間だった。
 これを記している今でさえ、まばたきのほんのはざま、瞼の裏にドリムたちのひかりを帯びた輪郭線が浮かび上がってくる。
 あのステージも、演出も、歓声も、熱も、ちゃんと。
 ひょっとすると、今もずっと、夢の中にいるのかもしれない。
 そうやって私はついに――ファンクラブに入会した。


 さて、ここまでが、私がNCT DREAMのオタクと化した経緯である。
 せっかくなので、あのライブ会場で得たたくさんのしあわせを永遠にするためにも、NCT DREAMがどうしてこれほどまでに魅力的なのか、改めて言語化しておきたい。

 ――人には『永遠』を信じることで救われるこころがあるのだと思う。

 諸行無常とはよく言ったもので、この世界に存在するものはみな等しく移り変わりゆく。
 誰もが痛いくらい理解しているのに、時折、その事実をどうしようもなく惜しんでしまうことがある。
 私だってそうだ。
 10代の頃の思い出はきらきらしていて、もう二度と戻ることのない瞬間の連鎖があのきらめきを生み出していたのだと、おとなになってはじめて知った。
 学生服を身にまとっていたときは、瞬間瞬間、1秒1秒が、永遠に続くかのような錯覚を抱いていた。卒業が近づくにつれて’おわり‘というものを漠然と意識するようにはなるが、なんだかんだ、学舎から去った後も、何かがおおきくかわることはないだろうという、無意識の驕りがあったように思う。
 学生服を脱ぎ捨て、新たな環境に身を置き、かつての旧友たちとはだんだんと疎遠になり、ついには社会に出るようになって、あの日あの場所で見たもの、感じたもの、10代の自分、それらすべてが、あの頃のなかでしか存在し得なかったのだと、知った。
 だからこそ、毎日、いとおしい瞬間があるたびに、今の20代の私が目にした景色、耳にした音楽、てのひらでなぞった感触、抱いた感情、それらすべてが、今この瞬間にしか存在せず、いつか遠くない未来において、色褪せた思い出と化すのだと察してしまい、ひどくかなしくなる。
 永遠はきっと存在しない。
 でも――NCT DREAMだけは、その世界の真理をひっくり返してくれるような気がして――私は彼らを愛してしまうのだ。
 ドリムが平均年齢15.6歳でデビューしてから約6年半となるが、彼ら7人の間に広がる空気感は、過去の動画等を観る限り、大して変わっていないように思う。
 つい最近のインタビューでは、ジェミンが「僕たちは『Chewing Gum』を歌っていたあのときと変わっていない気がします」と語ってくれた。
 もちろん、容姿や実力、価値観、彼ら7人を構成するすべてが6年半前のままなんてことがないのは、私だって理解している。
 あどけない少年だっていつかは立派な背中で旅立っていくものだ。
 NCT DREAMは7人で1つだが、彼ら7人には7通りの人生があり、もしかすると、これから先、バラバラの道を歩む日がくるのかもしれない。
 ――それでも。
 彼ら7人が『NCT DREAMである事実』だけは、どんなに時が流れようとも色褪せない、永遠に他ならないと、私は胸を張って言いたい。
 1年後、2年後、どんなに時が流れようと、今この瞬間、私がNCT DREAMを愛した事実だって、永遠に変わらないはずだ。
 それに、ドリムとシズニの絆はBFEだから!

 この先、彼ら7人がどんな選択をしようとも、私たちファンはきっと彼らのことを愛せざるを得ないのだろう。
 どうか、彼ら7人の未来がはなやかなものであふれますように。うつくしいものであふれますように。やさしいものであふれますように。
 彼ら7人のくるしみやかなしみは、彼らだけのものであって、私たちファンには到底推し量れないものだけれど、せめて、つらいことがあった日の夜は、あたたかな布団でぐっすり眠れますように。

 すてきなゆめをみられますように。

 ――永遠に。


 NCT DREAM FOREVER――。

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