色んなことから逃げ続けるとどうなったか【軌跡】2
今日は、「そろそろウカウカもしていられないかもね」という話です。
【今日の発見】
逃げ続ければ、そろそろ立ち向かおうかなと思えてくる
***昨日の積み上げ***
◆note1本 生産
◆勉強
・『図解でわかるRPA いちばん最初に読む本 』(城西コンサルタントグループ)
・Progate PythonⅡ復習(プログラミング)
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前回の記事(▶実際にピンチがチャンスだったことはいくらでもある話【軌跡】1)でも年表のとこに書いてたんですけど、
会社辞めてから割と(自分なりに)色んなことやってきたと思ってまして。
そして、“逃げ続けてきた面もあるなあ”と振り返りました。
せっかく友人から紹介してもらったHP制作を、自らの能力不足の為に他社へ引き継いだり、
クラウドソーシングで受注した案件も納期に間に合いそうになくなってお詫びとお断りを入れたり、
プログラミングから逃げて、頭使う仕事は能力の差があり過ぎるからという理由で体を使う農業をやってみたり(まあ農業に興味はあったけどそれはオモテ向きの理由で、いろんな感情があったと思う)(あと、農業もめちゃくちゃ頭使う)、
一念発起した商売からも、人間関係不振の為辞めたり、
そもそも就職からは逃げ続けているし、
大学院時代も、これ以上頭のいい奴らと競合していくのは無理だと思って辞めたり。
書いてて嫌になるくらいの過去ですね。
※「逃げる」という言葉はあまり使いたくないし、そういうつもりで行動してきてなかったけど、ひとからみると結局逃げてるだけの人生だったのかなとも思ったのであえて使ってみます。
けど逆に言うと、自分に向いてなさそうなことがなんとなく体感でわかってきたし、このままじゃ嫌だなとはいつも思ってて、オンラインサロンに入ったり有料のメルマガ取ったりしていろんな価値観に触れるとか、「やりたいことの見つけかた」とかいろんな本読むとか、“あの頃”よりかは確実に前には進んでると思っています。
で、いろんな動画とか本とかインプットするうちに、
「どうやら自己理解をした方が良さそうだな」
と思うようになってきて、やりました。
A4用紙に
ザックリこれくらいになりました。一気にじゃなくて、少しずつ数週間かけて。
そしたらなんとなく見えてきました。俺、これならちょっとやってみてもいいかもしれない、この方向でやってみようかな、的なやつ。それが、#島田制作所 として制作業+マネジメント業をやっていく、っていうやつです。
結局、「やりたいことが見つからない」とか「好きなことがわからない」とか言って逃げてただけで( #ここでも逃げていた )、少しでもヒントが欲しかったら自分で時間使って頭使って前に進むしか解決策無しだなと改めて思う出来事でした。頭脳労働は肉体労働の5倍キツいらしいです。
ヒントは自分の中にしか眠っていないのでそれを掘り起こせばいいだけでした。
※ちなみにA4に書きまくった自己理解で参考にしたのは、
▶『世界一やさしい「やりたいこと」の見つけ方』(八木仁平)で、
#島田制作所 の方向性を決めるのに参考にしたのは、
▶『科学的な適職』(鈴木祐)
▶『僕たちは、地味な起業で食っていく。』(田中祐一)
考え方で参考にしたのは、
▶オンラインサロン #西野亮廣エンタメ研究所 の記事たち。
で、構想中のマネジメント業の核となりそうなのが「プログラミング」です。かつて逃げた。
※あの時の言語とはちがうプログラミング言語ですが。
でもね、これだけ逃げてきたし、今回はしっかり自己理解も(自分なりに)深めて、戦略まがい的なやつも少し考えての方向性なので、前とは状況が違うと思います。
というか今28歳で、ぼちぼち30歳も見えてきて、この辺で何か自分の武器になるものを作った方が良さそうだなという気持ちも相まって。( #今さら ?とか言わないようにする )
勉強してて、やっぱり最初が一番きついデス。。でも今度は、“そろそろ立ち向かってみよう”という気概があります。だから今回は、これまで逃げたラインが近づいてきたらちょっと踏ん張って、それよりも少し先のラインまで頑張ってみます。そしたらまた何か新しいことが見えてくるに違いないと確信しています。
結論、逃げ続けても別にいいんじゃないかと思います。無理しないで。自分の方向性らしきものが見えてくるまで、ぼくの場合は退職して1年かかったということですね。それ以上かかる人もいるかもしれないし、もっと早く見える人もいるかもしれないけど、
とにかく自分が、“こっちが前だと思う”という方向に進み続けてきた結果がこれでした。
というわけで、逃げ続ければ、そろそろ立ち向かおうかなと思えてくるということを発見したしまっちゃんでした。
次は、「島田制作所として、今何をやっているか?」という話をしようかな。