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Adobe Flashが日本のデジタルクリエイティブに与えた影響

はじめに: Flashの登場と普及

Adobe Flash(旧Macromedia Flash)は1996年に登場し、Web上でリッチなアニメーションやインタラクティブ表現を可能にする技術として急速に普及しました。特にブラウザごとに実装がまちまちだった1990年代後半〜2000年代前半のWebにおいて、Flashプラグインさえ導入すればどの環境でも同じ動作を実現できたため、「凝ったアニメーションや仕掛けをWebサイトで実現しようと思ったらFlash以外に考えられない」時代があったのです。その結果、日本でも多くのクリエイターがFlashを使ってWebサイトアニメーションゲーム広告など様々なコンテンツ制作に取り組み、Flashは一世を風靡しました。

1. Flash時代(1996年〜2020年)

日本におけるFlash活用事例

ウェブデザインと広告: 2000年代前半、日本企業のコーポレートサイトやキャンペーンサイトではFlashを用いたリッチコンテンツが盛んに作られました。トップページにFlash製のアニメーションやインタラクティブな**「スペシャルサイト」を設けるのが流行し、洗練された動的デザインが競われました。たとえば、立体的な絵本の世界を表現した「THE ECO ZOO」や、ユニクロの「UNIQLO TRY」「UNIQLock」など、Flashで制作された日本発のクリエイティブなWebコンテンツも多数登場しました。Flashはバナー広告インタラクティブ広告**にも広く使われ、アニメーションしながらユーザーの操作に反応するリッチ広告が実現しました。当時はWeb標準だけでは困難だった高度な表現をFlashが肩代わりし、日本のウェブ表現の可能性を大きく拡げました。

Flashアニメーション: 日本ではFlashを用いた短編アニメ(いわゆるFlashアニメ)がネット上で一つの文化を形成しました。1990年代後半〜2000年代前半にかけて「Flashアニメ」のブームが起こり、数多くの作品がネットで大ヒットします。例えば、地方名をネタにしたコミカルな作品「千葉!滋賀!佐賀!」は当時多くのネットユーザーが知る存在でした。またおもしろFlashと呼ばれるパロディ色の強い動画も人気となり、2ちゃんねるの「Flash板」や「おもしろフラッシュ倉庫」といった掲示板・まとめサイトに数多く投稿され、一種のムーブメントとなりました。こうした作品群は後にニコニコ動画などで「FLASH黄金時代」タグとして振り返られるほどで、動画共有サイト台頭前夜のネット文化を象徴しています。

Flashアニメの代表例: Flashによるオリジナルキャラクター作品も登場しました。その代表例がラレコ氏制作の『やわらか戦車』(2006年初公開)です。シュールな戦車キャラが活躍するこのFlashアニメはネットで一世を風靡し、文化庁メディア芸術祭10周年記念企画「日本のメディア芸術100選(エンターテインメント部門)」で第1位に選ばれるなど高い評価を受けました。またFROGMAN氏(蛙男商会)による『秘密結社鷹の爪』シリーズはFlashアニメから始まり、2006年には世界初のFlash製TVアニメとして地上波でレギュラー放送を実現しました。低予算ながら独自の脱力系ギャグで人気を博し、翌2007年にはFlashアニメ初の劇場版映画まで公開されています。このようにFlashは個人や少人数でもアニメ制作が可能な環境を提供し、日本発のFlashアニメ文化を開花させました。

ブラウザゲーム: Flashはゲーム開発にも活用されました。PC上ではブラウザで遊べるミニゲームが多数作られ、Web上で公開されたFlashゲームは手軽に遊べる娯楽コンテンツとして人気を集めました。さらに日本独自の展開として、2000年代半ばには携帯電話(フィーチャーフォン)向けのFlash Liteが登場し、モバイル向けFlashゲームが現実的なものになります。NTTドコモのFOMA端末でFlashが本格搭載された2004年以降、Flashゲーム専用の携帯サイトが現れました。当初こそ携帯ゲームと言えばJavaアプリが主流でFlashゲームは日陰の存在でしたが、状況は一変します。2007年前後になるとDeNAの「モバゲータウン」やグリーの「GREE」といった携帯SNS上で多数のFlashゲームが提供され、大量のユーザーがスコアランキングや隠し要素探しで盛り上がる一大ブームとなりました。実際これらSNSサイトでは頻繁に新作Flashゲームが公開され、攻略掲示板で情報交換が行われるなどコミュニティも活性化していました。また2010年代に入ってからも、DMM.comの『艦隊これくしょん -艦これ-』(2013年サービス開始)のようにFlashベースで動作する本格的ブラウザゲームも登場しています。このようにFlashはPCからモバイルまで幅広いゲームプラットフォームで活用され、日本のゲーム企業やクリエイターにとって重要な開発技術となっていました。

Flash表現の特徴と独自の文化

Flashコンテンツの魅力は、動画・音声・インタラクションを統合したリッチな表現と、誰でも制作・公開しやすい敷居の低さにありました。日本でも多彩な表現が生まれ、独自の文化が育まれました。

表現の特徴: Flashはベクターグラフィックによるなめらかなアニメーションや、ActionScriptによる高度なインタラクションを可能にしました。例えばWeb上でボタンにマウスオーバーすると動き出す演出や、ユーザー入力に応じて変化するコンテンツなどはFlashならではの体験でした。動画再生機能も強力で、YouTubeをはじめとする動画サイトのプレイヤーも長らくFlashで実装されていたほどです。こうした動的表現の手段として、当時Flashは他に代えがたい存在感を放っていました。また制作ツール(Flash Professional)はタイムライン上で直感的にアニメーションを作れたため、プログラムが苦手なクリエイターでもビジュアル主体で作品を作ることができました。この手軽さがクリエイターの裾野を広げ、多くのFlash職人が誕生する土壌となったのです。

Flash独自の文化: 日本におけるFlash文化を語る上で、匿名掲示板やコミュニティサイトの存在は欠かせません。前述のように2ちゃんねるのFlash板では、AAキャラクター(モナーやギコ猫など大型アスキーアート)のFlashムービーや替え歌PVが多数投稿され、一種のムーブメントとなりました。名作Flash動画は口コミで拡散し、「音速丸」「吉野家のFlash」「ガンズ&ブラザーズ」など多くのネットミーム的作品が生まれています。また「おもしろフラッシュ倉庫」は人気Flash動画を集めてランキング化するサイトで、当時の高校生・大学生を中心に爆発的なアクセスを集めました。Flash職人たちは互いに競い合い、祭典やコンテストも開催されるなど、Flashを介した一大クリエイターコミュニティが形成されました。このような草の根文化からプロへ羽ばたいた例も多く、Flashで腕を磨いたクリエイターがテレビアニメや商業コンテンツの世界で活躍するケースも見られました(後述)。

学習環境とクリエイター育成への影響

Flash時代、日本では学習環境も比較的整っており、これが人材育成に寄与しました。まず市販の解説書や専門書が豊富に出版され、「はじめてのFlash」「ActionScript入門」などの書籍で独学するクリエイターが多くいました。また専門学校や大学のデザイン学科でもWebデザインやマルチメディア教材としてFlash講座が取り入れられ、アニメーション制作やプログラミングの基礎をFlashで学ぶ学生も少なくありませんでした。

一方、オンラインコミュニティでの学習・交流も盛んでした。前述の2ちゃんねるや「mixi」のFlashコミュニティ、さらに後年には**「Wonderfl」というActionScript 3.0のオンライン実行・共有サービスも登場し、プログラマ同士がコードを見せ合いながら腕を磨く場も提供されました。これらコミュニティでは作品の講評や技術情報の交換が活発で、先輩Flash職人が後進を導くような文化も育っています。また、Macromedia/Adobe社自身も日本国内でセミナーやイベント(Adobe MAXやユーザーグループ)を開催し、最新のFlashテクニックや事例を共有していました。こうした教育環境や情報共有のおかげで、日本では幅広い世代のクリエイターがFlashを習得**し、各分野で才能を発揮する素地ができたのです。実際、Flash全盛期にキャリアをスタートしたクリエイターの中には、後にスマホゲーム開発者やアニメ監督になった者もおり、Flashは人材育成の登竜門として機能しました。

2. Flash終了後の影響

Flashサポート終了とその背景

長年Webコンテンツの主役であったFlashですが、技術の移り変わりとともに徐々に役割を終えていきます。その転機となったのがスマートフォンの普及でした。AppleのiPhone(iOS)がFlashを公式にサポートしなかったこと、そして2010年に故スティーブ・ジョブズ氏が公開書簡「Thoughts on Flash」でFlashの問題点を指摘しHTML5への移行を主張したことは、Flash衰退の大きな契機となりました。2010年代前半にはWebの主役がHTML5に移行し始め、ブラウザもモバイルも標準技術でリッチコンテンツを扱えるようになります。その結果、Flashの存在感は見る間に薄れ、ついに提供元のAdobeは2017年7月、2020年末でFlash Playerのサポートを終了すると発表しました。2020年12月末をもってFlashは公式に幕を下ろし、2021年以降主要ブラウザではFlashコンテンツが実行不能となっています。

日本のデジタルクリエイティブ業界への影響

Webサイトへの影響: Flash終了は、日本のWeb制作にも大きな影響を及ぼしました。長年運営を続けてきた企業サイトや自治体サイトでFlashを使用していた場合、対応を迫られることになります。幸いAdobeの予告から実施まで3年以上の猶予があったため、多くの企業サイトでは計画的に代替コンテンツへの切り替えが進みました。Flash製の動的なトップページはHTML5+JavaScriptやCSSアニメーションへ作り直され、動画で代替できる部分はMP4などで再生する方式に変更されました。しかし中には対応が遅れ、サポート終了時点でコンテンツが見られなくなる例もありました。例えば地方自治体の防災情報ページでFlash製の地図が表示不能になる、観光サイトのバーチャルツアーが動かなくなるといったケースです。もっとも、日本国内では2010年代後半にFlash利用が激減しており、2015年時点でWebサイトにおけるFlash採用率は1割未満まで低下していたとの調査もあります。そのため、企業サイトレベルでは2020年の段階でFlash終了に伴う致命的な混乱はほとんど起きず、静かにFlashは姿を消していきました。

ゲームへの影響: 一方、ゲーム業界への影響はより劇的でした。Flashで動作していたオンラインゲームは継続のために大規模な技術移行を迫られたからです。代表例が先述の『艦隊これくしょん -艦これ-』で、同作は当初よりFlashベースで開発・提供されていました。運営はAdobeの発表を受け、2018年に約2日間のメンテナンスを実施してゲーム基盤をHTML5版へ全面移行しています。2018年8月15日をもって従来のFlash版(第一期)は終了し、8月17日からHTML5版(第二期)がサービス開始するという大掛かりな刷新でした。この移行によりユーザーはFlash不要で引き続きゲームを遊べるようになりましたが、同時にHTML5非対応の古いブラウザではプレイ不能になるなど、環境要件の変化も発生しています。艦これのように人気タイトルは開発コストをかけて技術移行が行われましたが、全てのゲームが救われたわけではありません。たとえば、サイバーエージェント社のPC向け仮想空間コミュニティ『アメーバピグ』は2009年のサービス開始以来Flashで運営されてきましたが、Flash終了に伴う全面的な改修が困難だったため苦渋の決断としてサービス終了が選択されました。運営チームは「Flashの技術自体が2020年末で提供終了となる正式発表を受け、対応が極めて難しかった」旨を述べており、10年以上続いたPC版ピグは2019年12月にその歴史に幕を下ろしています。このように、日本のブラウザゲームの中にはFlash依存から脱却できずサービス終了に追い込まれたタイトルも存在しました。

アニメーション分野への影響: Flash終了の影響は、Webアニメーションや動画配信にも及びました。Flashで制作・公開されていたWebアニメは、ブラウザ上で再生できなくなるため、多くがYouTubeやニコニコ動画にMP4動画として再投稿・アーカイブされました。Flash時代の名作を懐かしむファンは、終了直前にお気に入りのFlashを動画キャプチャして保存したり、紹介動画をアップロードしたりしています。「Flash黄金時代」を振り返る特集動画が作られたのも、ちょうどFlash終了の2020年前後でした。また、ニコニコ動画自体も当初Flashベースの動画プレイヤーでしたが、2016年頃までにHTML5プレイヤーへと置き換えを完了しています。さらに、Flashアニメの作り手側も制作ツールをAdobe Animate CC(Flashの後継ソフト)や他の2Dアニメツールに切り替え、出力形式を動画に変える対応をしました。結果として、Flashで作られた新作アニメを直接.swfで公開するというスタイルは消滅し、現在では動画共有プラットフォームを通じて配信・視聴する形に統一されています。

FlashからHTML5/新技術への移行と課題

代替技術への移行: Flash終了後、代替となるWeb技術としてHTML5+JavaScriptWebGL、あるいはCSSアニメーションSVGが活用されています。広告バナーについては早くも2016年頃から大手プラットフォーム(Google他)がFlash広告配信を停止し、HTML5広告への全面移行が完了しました。またWebサイトの演出も、JavaScriptライブラリ(Anime.jsやGSAPなど)やCSS3でかなりの表現が可能になり、Flashなしでも従来に近いリッチコンテンツを実現できるようになりました。ゲーム開発においても、UnityUnreal Engineといったマルチプラットフォーム対応のゲームエンジンが普及し、ブラウザゲームでもWebGL経由で高度なグラフィックスを表示できます。スマートフォン向けにはネイティブアプリが主流となり、Flashで蓄積されたノウハウは新しい環境へ移されていきました。

移行の課題: もっとも、Flashから新技術への移行にはいくつか課題もありました。第一に、既存コンテンツの資産をどう変換するかという問題です。静止画や映像に置き換えられるコンテンツは比較的容易でしたが、Flash特有のゲームロジックやインタラクティブ性を備えたコンテンツを再現するには、ゼロから再開発が必要なケースが多々ありました。自動変換ツールの提供も試みられましたが、完全互換とはいかず、多くの場合は手作業でのリメイクが避けられなかったようです。第二に、人材のスキル転換も課題でした。Flash職人だったデザイナー・開発者はHTML5や他言語を学び直す必要があり、中には適応に苦労する人もいました。しかし一方で、後述するようにFlashで培ったアニメーションや効率的制作の知見が新技術への適応力として活きる場面もありました。第三に、一部コンテンツの消滅です。権利や予算の都合で移行できなかった古いFlashゲーム・アニメは、そのまま閲覧不能となりデジタル文化のアーカイブの問題も指摘されました。現在では有志による「Flashゲーム保存プロジェクト」や互換プレイヤー(例:Ruffle)の開発が進み、失われたFlash作品の保存・復元に取り組む動きもあります。

日本のクリエイター・企業の対応

クリエイターの適応: Flashの終焉に際し、日本のクリエイターたちは各々の道を模索しました。「Flashクリエイターはどこへ消えた?」という問いに対し、その多くは新たな技術や媒体へ活路を見出したといえます。実際、2017年のCEDECではグリー株式会社が、社内の元Flashクリエイター5名がスマホゲーム開発で活躍している事例を紹介しています。彼らはFlashで培った2D表現やエフェクト制作のノウハウを活かし、Mayaによる3DエフェクトやUnityでの開発に挑戦していました。あるスタッフは「Flashで作っていたものが3Dになっただけ」という発想で新ソフトを習得したと述べています。また別のスタッフも「Flash時代と同じ発想でテクスチャ使い回しを工夫した」と語るなど、Flash流の効率的な制作術が今なお生きているといいます。このように多くのクリエイターが**「Flashから得た経験は無駄になっていない」**と感じながら、新天地で活躍しています。

企業の対応: 日本企業もFlash終了に迅速に対応しました。上述のDMM.comやサイバーエージェントのように、サービス継続か終了か経営判断を迫られた例もありますが、多くの企業はユーザー影響を最小化するよう努めました。たとえば動画配信各社(YouTubeやニコニコ動画)は数年前からHTML5プレイヤーへ移行を完了し、ユーザーはFlash終了を意識することなく動画視聴を続けられました。また広告業界では広告代理店や制作会社がいち早くHTML5製作に移行し、人材トレーニングを進めています。Web制作会社も、古いFlashコンテンツのリプレース案件に対応するソリューションを提供しました。ミツエーリンクス社のコラムでは「2017年の予告時点で企業サイトなら代替検討は完了しているはず」と述べつつ、それでも万が一困っている場合はFlashコンテンツ変換サービスを利用してほしいとしています。このように企業側は概ね計画的に対処し、大きな混乱は避けられたと言えるでしょう。

一方で、Flash時代の遺産を文化的資産として保存しようとする動きもあります。前述のようなユーザー有志の保存活動のほか、企業ではなく博物館や図書館レベルでデジタル作品をアーカイブする試みも始まっています。Flashは日本のネット文化史において重要な位置を占めるため、その作品群や制作ノウハウを後世に伝えることも今後の課題と言えます。

3. 現在のデジタルクリエイティブへの影響

Flash時代の技術・文化の継承

Flashそのものは姿を消しましたが、その技術的・文化的遺産は現在のデジタルクリエイティブに確かに受け継がれています。まず技術面では、ブラウザ上でリッチコンテンツを作るという発想が完全に定着しました。HTML5時代の今でも、インタラクティブなWeb実験やアート作品は次々と生み出されています。それらは技術スタックこそ変われど、本質的にはFlash時代に培われた「プラグインひとつで高度な表現を共有できる」という精神を継ぐものです。例えば、Flashの代名詞だったベクターアニメーションはSVGやCanvasで再現され、タイムライン型のアニメ制作手法も各種ライブラリで模倣されています。WebGLで作られた3D表現豊かなサイトも、かつてのFlash製3Dサイト(Papervision3Dなど使用)の系譜上にあります。また、Flashで人気を博したウェブゲームも形を変えて存続しています。現在はブラウザゲームの多くがHTML5製ですが、クリック一つで遊べる手軽さやコミュニティで共有される文化はFlashゲームからの流れを汲んでいます。事実、Flash全盛期に活躍した開発者の中には、今もブラウザゲームプラットフォームで作品を公開している人もいるほどです。

Flash育ちのクリエイターの現在の活躍分野

Flashで育った世代のクリエイターたちは、現在多様な分野で活躍しています。Web業界では、当時Flashサイト制作で名を馳せたデザイナーたちがUI/UXデザインやフロントエンド開発の第一線で活躍中です。例えば日本を代表するインタラクションデザイナー中村勇吾氏はFlash作品で世界的評価を得ましたが、現在もWebGLや映像表現を駆使した作品を発表し続けています。またゲーム業界では、Flashゲームの経験者がスマホゲームやインディーゲーム開発者として成功した例があります。上述のグリー社のスタッフのように大手ゲーム会社でアニメーターやエンジニアとして働くケースもあれば、個人でスマホアプリを開発しヒットさせるケースも見られます。たとえば、一人でスマホ向けカジュアルゲームを量産しているハップ(Hap Inc.)氏はFlashゲーム制作の経験を活かしていると言われます。さらにアニメ・映像業界での活躍も顕著です。Flashアニメ出身のクリエイターがテレビアニメや映画の制作現場で重用されています。

特に注目すべきは、Science SARUのようなスタジオによるFlash/Animate活用です。湯浅政明監督率いるScience SARUは、日本でもいち早くFlash(現Adobe Animate)をデジタル作画に導入したスタジオとして知られます。同スタジオの作品『夜明け告げるルーのうた』やTVアニメ『映像研には手を出すな!』(2020年放送)では、Adobe Animateを駆使した独自の制作術が話題になりました。実際『映像研』では、Flashアニメーター出身の本橋茉里氏が第1話の絵コンテ・演出を担当するなど、Flash世代のクリエイターが中核を担っています。Animate(旧Flash)の特徴であるベクター画像やスクリプトによる自動化機能は、湯浅作品の省力且つ独創的な作画スタイルにマッチし、大いに活用されたといいます。さらに、Flashで蓄えた「コピペで表情を流用」「カメラワークをプログラム制御」などの効率化テクニックが、デジタル作画の現場でも発揮されました。このようにFlash育ちのアニメーターがプロの現場で力を発揮し、作品の質を高めている事例は他にもあります。DLEのFROGMAN氏は『鷹の爪』以降もFlash的手法で数々のTVアニメを制作し、今やアニメ業界で一ジャンルを築いています。ラレコ氏もテレビや企業キャラクターのアニメーションを手がけ、その才能を発揮しています。つまり、Flashで育んだ表現力は現在も各所で花開いているのです。

Flashの思想が現代のデジタル表現・ツールに与えた影響

Flashが残した「誰もがリッチコンテンツを創造・共有できる」という思想は、現代の様々なデジタル表現やツールに受け継がれています。

ツールへの影響: Adobe AnimateはFlash Professionalの後継として提供され続けており、現在も2Dアニメーション制作の定番ツールの一つです。AnimateではHTML5 Canvasや動画形式での書き出しが可能になりましたが、その基本はFlash譲りのタイムライン編集とシンボル管理です。これはFlash時代の制作ワークフローが今も有効である証と言えます。さらに他のツールにもFlash的な発想が見られます。たとえばTumult HypeGoogle Web DesignerといったHTML5アニメーションツールは、FlashライクなUIで非エンジニアでもアニメを作れるよう設計されています。ゲームエンジンUnityでもタイムラインアニメーション機能(Unity Timeline)が導入され、かつてのFlashと同様にデザイナー主体で演出を付けられるよう工夫されています。**「プログラミング不要で動きをつけられる」**というFlashの思想が、多くの最新ツールに影響を与えているのです。

表現への影響: 現在のWeb表現やデジタルアートにもFlash文化の遺伝子が息づいています。例えばインディーズのWebアート作品デモシーンでは、ちょっとした遊び心あるインタラクションや驚きの演出が好まれますが、これらはFlash時代に培われた「ユーザーを楽しませる小ネタ」の延長線上にあります。また、インディーゲームの世界では、Flashゲームで確立されたシンプルで中毒性のあるデザインが継承されています。短時間で遊べてSNSで共有されるミニゲームは、形態こそ変われど本質はFlashゲームの文化そのものです。実際、日本のみならず世界的に見ても、Flash出身のゲーム開発者がスマホやPCで成功した例(『スーパーミートボーイ』『ブラザーズ:A Tale of Two Sons』等の海外インディーも含む)は少なくありません。

クリエイティブコミュニティへの影響: Flashがもたらしたもう一つの遺産は、オンラインで作品を発表し合い刺激し合うコミュニティ文化です。今日ではPixivやYouTube、ニコニコ動画、Twitter上でクリエイター同士が作品を披露し合うのが当たり前になりましたが、Flash時代はそれを先駆けて実践していました。個人サイトや掲示板でフリーの作品を公開し、フィードバックを受けて改良したり次回作の糧にしたりする文化は、現在の同人文化・創作SNS文化にも通じるものです。「ネットでバズる動画を作る」「ユーザー参加型の企画を立ち上げる」といった発想も、おもしろFlashの時代から既に見られました。そういう意味で、Flashは日本のネットクリエイターに**「発表する場と精神」を与えた**とも言えるでしょう。その精神は令和の現在も脈々と受け継がれ、新たなプラットフォームと技術の上で花開き続けています。

おわりに: Flashの功罪と遺産

2020年末をもって公式サポートを終えたFlashですが、日本のデジタルクリエイティブの歩みに残した足跡は極めて大きなものがあります。ブームの最中には**「Flashは一時代を築いた」とまで評され、その終了に際しては多くのユーザーやクリエイターが惜別の声を上げました。確かにセキュリティ上の問題やモバイル非対応など技術的限界もありましたが、その革新性と文化的インパクト**は色褪せることがありません。Flashによって育まれた表現者たち、作品群、そして「楽しませよう」という精神は、形を変えながらも今なお生き続けています。Flash黄金時代を経験した世代が次に何を生み出すのか、そして新しい世代がFlashの遺伝子をどう受け継いでいくのか――その動向はこれからも注目に値するでしょう。Flashは消えても、その魂は日本のデジタルクリエイティブの中に生きているのです。

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Akinen
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