人気酒場【SAKE story】で修業して3年、小林直矢さんがMr.SAKEから得たものとは?
日本酒好きが通う名店として知られる日本酒専門店「SAKE story」。店主・橋野元樹さんの右腕としてカウンターに立ってきた小林直矢さんが、2022年7月をもって店を卒業。岡山にある実家の居酒屋を継ぐことになりました。
自身で「日本酒修業」と位置付けていたSAKE storyでの3年間はどのような日々だったのか、初代Mr.SAKE※としても知られる橋野さんと働く中で得られたものは何か……今回、小林さんにお話を聞きました。
「猫みたいな人?」──Mr.SAKEとの運命的な出会い
──小林直矢さんの実家は、岡山県にある老舗居酒屋『成田家栄町店』。さすが飲食業界エリート…かと思いきや「いや、18歳で上京したので、お酒は全然知りませんでした」とのこと。
「大学はスポーツ推薦だったんですよ、ボート部で。インカレ優勝経験もあるんですよ。(──大久保「えっ、すごい!!」)そうなんですよ笑 まあ、ボートといってもコックスっていう舵取り役でしたので、漕がないんですけどね。
それはいいとして、実家も普通の居酒屋といった感じで、ビールや酎ハイがよくでるようなお店。長い間『絶対に実家に戻りたくない』って思っていましたね」
──血は争えないのか、小林さんは大学卒業後、専門学校に入り直して飲食の道へ。都内で複数の飲食店を運営する会社に就職します。しかし、いざ働いてみると肉体的にも精神的にも厳しい環境でした。「多分、ブラックなところもあったと思います」と、小林さんは激務に追い込まれていきます。
「7年間勤めた結果、最後の方の仕事は『掃除』でした」と、長年務めた会社を辞め、小林さんはフリーランスへ。複数の飲食店の仕事を掛け持ちする日々が続きました。
──転機は、フリーランスになってしばらく経った頃にやってきました。飲食業界で自分の武器をつくるべく、日本酒の勉強に取り組んでいた小林さん。派遣元の社長に「日本酒のお店に行きたい!」と相談したところ、紹介されたのが「SAKEstory」だったそうです。
「偶然、その社長と橋野が知り合いだったみたいなんですね。それで、面接の代わりに昼ごはん食べながら話して、LINEでしばらくやりとりしてみて、まずはバイトからって。4つ掛け持ちしていたので。そこから次第に『SAKEstory』1本になりました」
──橋野さんの印象を聞いてみると、出てきた言葉は「猫」。
「実際に猫好きな方なのですが…次の動きが読めないというか、アイデアがすごくって考えがポンポン変わるんですよ。だから猫ですね、僕にとっては」
「美味しかった」の一言で思い出した、飲食の楽しさ
──数々の雑誌やメディアに登場し、日本酒好きが通う名店として知られる「SAKE story」。小林さんがそのことに気付いたのは、働き始めてのことでした。
「だって、五反田の路地裏に、こんな人気のお店があるなんて思わないじゃないですか笑 働いてみて『SAKE story』が日本酒の名店といわれていることや、橋野が初代Mr.SAKEだったことを知っていった感じです」
「一番驚いたのは、常連さんたちが、上品というか、いい人たちなんですよね。酔い潰れる人もほとんどいないし、『お酒を純粋に楽しみたい』という方々ばかりだったんです。お店と常連さんの関係がとてもいいなって。
僕は主に料理を担当しているのですが、わざわざ『美味しかったよ』って、いってくれるんですね…これが、一番うれしかったです。
飲食業界は長いのですが、感謝されたってことはあまり記憶になかったんですよ。多分、以前は僕自身、仕事を楽しめていなかったんだと思います。それがお客さんにも伝わるから、言葉をいただくこともなかった。
でも、今は前向きに仕事ができるようになったし、お客さんからうれしい言葉もいただけた。もちろん、仕事が忙しいと感じることはありますよ。でも、SAKE storyで働くことは本当に楽しいです」
Mr.SAKEから学んだ「考える」ことの大切さ
──SAKE storyは、季節ごとに「異なる特定の地域」をテーマにしたコース料理を提供したり、独自の「日本酒三角チャート」で味を分類して紹介したりと、お酒を楽しむためのさまざまな「工夫」も特徴的です。多くのファンに支持されるお店を経営する橋野さんから学んだことは何でしょう? 小林さんは「考えること」と答えます。
「橋野にはずっと『考える癖をつけろ』と言われてきました。実際、橋野は常にいろいろなことを考えているんですよ。
たとえば、SAKE storyでは3ヶ月でコースメニューと日本酒を変えていますが、これはお客さんが『何度もお店に訪れたくなる』ための工夫。そのため橋野は全国の郷土料理やお酒をリサーチして、実際に現地を旅しています」
「お客さんには毎回料理の説明を行うのですが、知っていることすべてを言うのではなく、お客さんの興味や理解具合によってどの程度話すと一番よいかも、考えながら変えます。
また、コース料理にしても、実はお客さんの箸の進み具合や好みなどをみながらその場で変えることもありますね。
そんなふうに、とにかくひとつひとつの行動が、いろいろな考えの上でやっているんですね。そこが、本当にすごいと思います」
「あとは、橋野の影響でSNSもはじめました。これまで自分から何かを発信することなんてなかったのですが、お店を知ってもらうための重要なことだと学びました。あと僕、戦隊ヒーローが好きなので、そっちでつながった人がお店にきてくれたり笑 楽しいですよね、こういうの」
──「SAKE story」で日本酒修業に取り組んだ小林さんは、次第に実家の居酒屋「成田家」に戻ることを考えるようになりました。東京の名酒場で学んだことを持ち帰り、岡山で日本酒のお店として新たに挑戦する。橋野さんもその決断を後押ししてくれたといいます。
そんな折、新型コロナウイルス流行によるパンデミックが発生。
「SAKEstory」は営業停止に追い込まれました。
コロナ禍──居酒屋の時間が、止まった
──緊急事態宣言が発令され、多くの飲食店は営業自粛に追い込まれました。「SAKE story」も例外ではなく、数ヶ月にわたり営業を停止。「数ヶ月ごとに地域の料理とお酒を発掘して届ける」というコンセプトの店にとって「営業できない」「地方に取材に行けない」ことは、その存在が揺らぐほどの問題です。
そんな中でも、アイデアマンの橋野さんの動きは迅速でした。ネット販売の着手、新商品開発など、直面する課題への対応と、アフターコロナにむけた施策に打って出ました。
小林さんも「インプットのための時期だと捉えました」と、経営関連の書籍を読み漁り、新たな経験のためにサイゼリアや、ラーメン店での勤務も始めました。さらに自主的なnoteによる執筆活動、JAPAN SAKE ASSOCIATION認定講師の資格取得に取り組みました。
それらはすべて、以前の世の中が戻ってくるときのために。しかし、当事者である小林さんは冷静に、「もう、以前のような居酒屋は戻ってこないと思う」と話します。
かつての居酒屋の価値は、もう戻ってこない
──いくつもの波とともに、営業停止、再開、を繰り返し、やっと「SAKE story」にお客さんが戻ってきました。小林さんのSNS経由でも「お店にいっても大丈夫ですか?」といった連絡が入ってきているそう。それでも、一度変わった居酒屋の価値が元に戻る未来は、まだ見えないといいます。
「(コロナ禍の)最初の方は、zoom飲みなんかやって、でも結局はリアルに戻るだろうなって思っていたんです。『結局は向かい合って話した方が気持ちが届くだろう』って。
でも、それが続く中で、お店にいかなくってもコミュニケーションがとれるし、お酒も飲めることに気付きました。わざわざ外に出て誰かと会わなくても、SNSもあるし、家から出ずに自由に会話できる。食事だって家まで届く。実際に、いまも団体のお客さんは戻ってきていません。
リアルに考えると、居酒屋の価値というのは、下がっていくと思います」
それでも、居酒屋を継ぐ理由
──これから居酒屋を背負う人として、少し意外にも思える、リアルな居酒屋評。それでも、これから「居酒屋」を背負う理由は、一体どこにあるのでしょうか?
「やっぱり、好きなんですよね。お客さんと面と向かって話をすることとか。シンプルに、そう思います。
正解はわからないんですよ。でも、橋野さんから学んだことはたくさんあるし、僕がこれからやっていきたいこともたくさんあります。
(帰省後は)まずは今の実家のお店の状態を見ながら、それからSAKE storyで学んだことを、少しずつやっていきたい。SNSをもっと活用していきたいですし、お客さんも僕たちも、居酒屋という場に足を運びたくなるように、継続的にアップデートしていきたいです。
個人の思いとしては、居酒屋の必要性が下がっていく中で、それでも新しい世代のお客さんが安心して日本酒を飲みきたいと思えるような場所を作っていきたいと思っています」
──最後に、卒業するSAKE storyへの思いを聞くと、ある「目標」を教えてくれました。
「実は、橋野が初代になったMr.SAKEに、応募しようと思ってるんです。橋野の背中を見ていてかっこいいと思っていたんですよ。そして、ただ憧れるだけじゃダメだなって思って。
何年か後、横に並ぶのは難しいかもしれませんが、今まで僕の面倒を見てくれた感謝の気持ちを伝える為にも、成長した姿を見てもらいたいので、挑戦していきます」
「まあ、書類選考で落ちるかもしれませんけどね笑」
──小林さんは2022年7月にSAKE storyを卒業。来年からは成田家栄町店を継ぎます。これまでのSAKE storyでの楽しいお時間、ありがとうございました。岡山でのご活躍を応援しています。
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「推しの話は…いいですか?」
──え?
「いやですから、僕の推しの戦隊ヒーローの話、(依頼時に)聞きたいっていってたじゃないですか。よければ話しますよ」
──あ、ええ、ぜひ。
「まあ、僕も普通に子供のころにヒーローものを見ていて、一時見なくなったのですが、大人になってまたはまりました。気持ちがいいんですよね、戦っているところが派手で、かっこいいんですよ。シンプルに。特に、今僕が好きなのは『魔進戦隊キラメイジャー』。ストーリーが、結構人間関係をしっかり描かれているんですよ。そして、役者さんがいい。多分、脚本家の方も影響されていると思うのですが、役者さんたちの演技や熱意が、ストーリーにも影響している。役者さんによって脚本が変わることもあるでしょう絶対に。本当に魅力的なキャラクターばかりなのでひとりをあげるのは難しいのですが、一番は『キラメイグリーン』、速見瀬奈役を演じる新條由芽さんなんですけど、めちゃくちゃ好きです。どこが魅力かって、やっぱりまっすぐなところ。結構何も考えずに、一直線に突っ走るんですよ。でも、実はちょっと考えている。
え?グリーンは何番手かって? なんというか、色による主役とか脇役とか順番ってないんですよ。そういう時代なんです。僕の好きなキラメグリーンも一番ではないですし、他の色が一番でもない。お互いがお互いをリスペクトしあい、みんなが一番みたいな感じ。特に僕が好きなセリフがあって、それはレッドが言った『限界は超えないためにある』というものなのですが、やっぱり昔は根性論とかってあったと思うんですよ、限界を越えるみたいな。それを覆して子供たちに伝えるっていうのはすごいなと。僕は飲食しているからあれなのですが、やっぱり限界を越えるんじゃなくって、自分の限界を把握した上で、うん、頭を使って工夫して切り抜けていくところが大事なんですよ。
あと、一応レッドがリーダー格ではあるんですけど、全然リーダーっぽくないんですよ。むしろレッドがみんなに助けられている。それもなんかもう、みんながキラキラしてるっていうか!互いにリスペクトしているから、なんか勝手に助け合ってるんですよね。意識しないでも、フォローしあえる関係性ってすごいいいなって。だから僕も実家に帰ってチームを作るんだったらそういう感じにしたいって、そういう気持ちもちょっとあるんですよ。
もちろん指揮をとる人は必要ですよ。でも、リスペクトしあって、うん、キラメイジャーのような関係性はすごい素敵だなって、見ていてもそう感じています」
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