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名酒場が閉まるとき、店主は何を思う 【たちばな】(祖師ヶ谷大蔵)
東京・世田谷、祖師ヶ谷大蔵駅前に「たちばな」という居酒屋さんがあります。
海鮮をはじめとする多彩な肴を肩肘はらない価格で楽しめ、日本酒の他、焼酎やサワー系など、豊富なお酒が魅力です。
カウンターに立ち笑顔で調理や接客をする店主親子を中心とした店の雰囲気は、常連さんたちを中心としながら、一見客も受け入れるなごやかなもの。
会話を楽しむ人と、ひとり静かに飲む人の、どちらもが自然体で過ごすことができる。そんな何度も足を運びたくなる場所です。
2021年、事実上の閉店
2021年、8月末で休業。地元の人たちに愛された現在の「たちばな」は、事実上の閉店となりました。緊急事態宣言の影響もあり、最後の1年は営業もままならないなかったそうです。
名酒場が閉じるとき、店主は何を考えるのか。
たちばな三代目店主の西川元気さんにお話を聞きました。
この10年は、父親の考えを受け継ぐ時間だった
(西川元気さん。「店を閉めて身体を休めることはできましたか?」の質問に、「工事や書類の業務で逆に忙しいです笑」とのこと)
元気さん「『たちばな』のお店は、僕で三代目。今の建物は父親が建て直したものです。僕がお店にはいったのは25歳の時で、10年くらい前。結婚を機に家業の居酒屋を継ごうと考えました。
学生時代からお店の手伝いはさせられていましたが、就職先は完全に別業種の営業職。その仕事に不満はなかったのですが、自分たちで商品を作ってお客さんに喜んでもらうまでのすべてをできる居酒屋という仕事に面白みを感じ、店に入ることにしました」
元気さん「いつ、父親になにかあっても、その気持ちをくみとったお店を守れるように。そう思ってとにかく10年、両親の考えを理解しようと一緒にお店に立ってきました」
ーー「両親の考え」とは?
元気さん「うーん…言葉に表せないです笑、それに『言葉で言えるなら早く言ってよ笑』って思います。料理に対する姿勢とか、僕たち子どもが大人になるまでお店を続けてきたことであったりとか…そういことは、10年くらい一緒に働いてやっとわかるものかなと思います。
いずれ跡を継いで、店を変える(今回の閉店・休業)というのは、以前から考えていたことだったんです」
居酒屋は「お客さん」に育てられる
ーー10年間で、特に覚えていることは何ですか?
元気さん「お客さんひとりひとりに思い出があります。たとえば10年前の『たちばな』は、今ほどメニューは多くありませんでした。そこから、お客さんの声を聞いていくうちにどんどん増えていきました」
(お店の地下にある日本酒の冷蔵庫。入れ替わりも頻繁)
元気さん「たとえば、現在は多くの日本酒を仕入れていますが、昔は2種類くらいしかありませんでした。僕自身、日本酒が苦手だったんですね。
でも、あるときから常連さんのひとりが、定期的に日本酒をプレゼントしてくれるようなったんですよ。僕は苦手だっていってるのに笑。それで、いただいたからには感想を言わなきゃいけないって、店のみんなで飲んでいたんですね。
ある時『豊香』をいただいたとき、はじめて本心から『おいしい!』と感じました。それからいろいろな日本酒を飲むようになって、味わえる幅も広がって、同時に店での日本酒の取り扱いも増えていきました」
(日本酒3種飲み比べ1000円。いつも頼んでいました)
元気さん「後になって、本人に聞いたんですよ。なぜ日本酒をくれていたのかって。すると『【たちばな】のメニューには、日本酒というピースが絶対にはまると思ったから』だというんです。
粋な人だな…って。口で『日本酒いれなよ』と言われても、きっと仕入れまではしなかったと思います」
(またある日の日本酒3種類飲み比べ。毎回全然違うものがでてきました)
元気さん「仕入れる酒屋さんも、最初は1つくらいだったのが、最後のほうは6店舗くらいに増えて、季節のお酒や、そのお店の強いお酒を取り揃えるようになりました。
そして、たとえば大久保さん(私です)はいつも『お任せの日本酒』を頼まれますが、すると『次はどんなお酒を出したら驚くだろう』というように、もっといろいろなお酒を出したくなるんです」
(魚介がメインの「たちばな」ですが、実は麻婆豆腐も人気。他にも焼きトンやナポリタンと、お客さんの声を受けて定番になったメニューが多数あります)
元気さん「そんなふうに、お客さんひとつひとりの声や喜ぶ様子で、居酒屋は変わっていきます。だから僕は、お客さんに育ててもらった10年だったと思っています」
ひとりも嫌な気分にならない、フラットな酒場を目指した
ーー「たちばな」は、お客さんの雰囲気がとてもいい。会話もできるしひとりのみもできる、安心して過ごせる空間だと思います。
元気さん「お店の雰囲気も時代ごとに変わってきました。居酒屋ってお酒を飲むので、どうしても言動が大きくなったり、それで誰かがいやな思いをすることが起きやすい場所だと思っています。
料理の提供が遅れる時、大声で『早くしてくれ』という人と、声を出さない人がいますよね。たとえ声をあげるのが常連さんであっても、常連さんを優先して声を出さない人が悲しい思いをするのは違う。常にフラットであるべきだというのは、店のみんなで取り組んできたことです」
(忙しい仕事の合間、お客さんを雑談する元気さん。「げんちゃん!」とあちこちから声がかかります)
元気さん「今の『たちばな』の空気は、そういうことを受け入れてくれる常連の方が残ってくれた結果です。常連さんも一見の方も、ぴりぴりせず、年齢や職業関係なくつながることができる。雰囲気のよさでいうと、ちょうどいいピークにさしかかっていたのかもしれませんね」
(とある日、偶然お客さんのひとりと元気さんの誕生日だったそうで、ケーキが登場したシーン)
(古い時計と、来店された著名人のサイン。お客さんのひとりが『柱や調度品…これらひとつひとつが、もうなくなるとなると思うと、本当に貴重なものだったんだと思えますよね…』とつぶやいていたのを覚えています)
2021年8月、閉店
元気さん「コロナの影響がなかったというと嘘になります。新しいお店にしようという考えはありましたが、5年後だったかもしれない。でも、今お店ができない状況だからこそ、行動するという決断になりました。
(地下へ続く階段。長い年月がかもす独特の雰囲気も魅力でした)
元気さん「今の店は1階と地下をあわせると50名くらいお客さんがはいります。満席でも回せるようにはアルバイトが必要ですし、メニュー数が多いので仕込みの準備も多い。中には原価割れするようなサービスメニューもありますが、それらはすべて、この50席が満席になることでやっていけるという設計なんです。
この1年、地下の席はほとんど使用できませでした。
お客さんが埋まらないとなると、たくさんのメニューのどれを仕込んでいいかの判断は難しくなる。還元のつもりで安価で出していた料理も、満席という状況でなければ、維持できない。
コロナの影響はもちろん大きいのですが、これまでの居酒屋経営の方法が、時代に合わなくなってきているという、自分の中でひっかかることがたくさん出てきていたんです」
(つまみ3種盛り。思い返せば、3種盛りのはずなのにいつも1品多くつけてくれる、良心の塊のような酒場でした)
元気さん「だから、今がチャレンジのタイミングだと考えました。この場所をいかしてお客さんに喜んでもらえるかを考えていこうと。だから僕たちの中では、決してマイナスの閉店ではないんです」
「酒場」をやるためにすべきこと
ーー新しいお店は、どのように変わるのでしょうか。
元気さん「模索している状態ではありますが、メニューを絞って、たとえばお酒は日本酒をもっと打ち出したり。また、テイクアウトや物販なども考えています。
僕がやりたいのは、たちばなという、お客さんに育ててもらった『酒場』。それを維持するためには、収益の柱を増やす経営的な工夫を行い、これからの数十年をお客さんに喜んでもらえるようにしていかなければいけません。
父親が築き、地元の人に喜ばれている今の店を変えることの躊躇もありました。でも、悩んでいたときに常連の方に『目が死んでるよ』っていわれたんですよね。自分のやりたいことに向かって走っているほうが生き生きしているって。
だから、やっぱり、チャレンジしようって」
本当のゴールは30年後、お客さんに育てられる店に
ーー親父さんは閉店についてお話しする際「次の店で結果がでるまで、俺はひっこむことになったよ」と笑っていました。お店のバトンを、どのように受け取ったのでしょう?
元気さん「そう言っていたんですね笑 でも、これで父親が引退というわけではありません。本人には言葉で言っていないのですが、僕は新しいお店で、父親が体力的に楽に、生き生きとできる場所を作りたいとも思っているんです。
多分、父親もその温度感は伝わっていて、だから『いったん主導権を渡すよ』という感じだと思っています」
ーー新しいお店の開店、とても楽しみにしています。
元気さん「うーん、そこはゴールよいうか、スタートだと思っています。これまでお客さんに育てていただいて今の形になった『たちばな』が、一度変わって、また育っていく。
これまでも、営業中は無心でやって、終わったら今の課題を見つけて改善を考える、その連続でした。これからも多分そうだと思います。
だから、20年後、30年後、どんなお店になっているかを楽しみにしてほしいです」
(営業最終日の様子。元気さん提供の写真)
「たちばな」の新店舗オープンは、2022年初頭を予定。
おいしいお酒と料理、そして他のどこにもない「たちばなの空気」を感じに、これからもお邪魔させていただきます。
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