【鳴海×新杜氏】人気の日本酒ブランドはどう変わる?(東灘醸造インタビュー)
「杜氏」という職業は、近年多様化してきています。
協会所属の杜氏、蔵元杜氏、社員杜氏…なかでも近年活躍が目立つのが、蔵をわたりあるく「職人杜氏」です。
最近では「光栄菊」や「不老泉」などが、別の蔵から移籍して活躍する「職人杜氏」といえるでしょうか。
腕一本で蔵を渡り歩き、自分の追い求める味を表現する。たとえるなら「プロスポーツ選手」「流れの料理人」のような存在です。
「杜氏」とは、日本酒を造る職業、および醸造チームのトップの存在を指す名称。オーナー(蔵元)が、杜氏(と、その下で働く蔵人たち)を冬の間雇って(協会から派遣)酒造りを行うのが昔ながらの日本酒造り。
最近はオーナーが自ら酒造りを行う「蔵元杜氏」や、杜氏を置かずに醸造責任者・工場長として自社で育成するケースも増えています。
2020年、「鳴海」を醸す東灘醸造(千葉県・勝浦)に、「残草蓬莱」「水府自慢」「雄東」など多くの人気銘柄を手掛けてきた杜氏・菊池譲氏が移籍するというニュースが。
フレッシュな味わいで高い人気を誇る「鳴海」が、天才と評される菊池杜氏の腕でどのように変わるのか。ブランドと人はどちらが優先されるのか? 蔵元の君塚敦さんに話を聞きました。
造り手が変わると味も変わる。職人杜氏の世界、興味深いです!
そもそも、杜氏って「移籍」するものですか?
東灘醸造の蔵元・菊池さん。時間が合えば一般客でも見学対応可能とのこと。(要事前問い合わせ)
東灘醸造
千葉県・外房、勝浦という港町にある酒蔵。地元向けの銘柄「東灘」と、直詰という手法でフレッシュさを閉じ込めた「鳴海(なるか)」を製造。
「鳴海」はフルーティーさと酸味があり、かつバランスに優れた万能タイプのお酒。雑誌などメディア掲載も多く人気を集めています。
ーー今回の菊池杜氏の移籍ですが、どのように実現したのですか?
君塚さん「実は今期・2020酒造年度は酒造りを『休造』するつもりでした。来期以降についても白紙の状態。前任杜氏が離れることになり、後任が見つからなかったんです。
私自身も酒造りには携わっていたので、もう少し若ければ主体となって…というのも有り得るのですが、さすがに年齢的に厳しいなと。南部杜氏協会などに依頼する方法もありますが、蔵の経済事情など総合的に考えてそれはしない事にしました。
今期はとりあえず『休造』し、その後もしもやめることになっても、まあ小さな蔵ですので仕方ないと思っていました。
『休造』する決心をしたので、お得意様である酒販店さんに報告して回っていたところ、ある東京の酒販店さんが残念がり非常に気を揉んで下さいまして。たまたま『最近蔵を退職し次の蔵が見つかっていない杜氏がいるので会ってみないか』というお話を頂き、それが菊池杜氏でした。メールでやり取りした後、蔵まで来てくれて話をし、今期うちで酒造りをすることが決まりました」
ーー杜氏って「協会所属」と「フリー」があるのですね
君塚さん「杜氏の公式な規定はないので、様々な立場があり得ると思います。全国各地の杜氏団体からの紹介で来る従来型の杜氏、蔵元杜氏、社員杜氏など。社員杜氏の中でも蔵を移る機会の多い方が結果的にフリー的な存在になっているということですね。
従来の出稼ぎ型は減って来ていますが、杜氏団体が講習会を開いて県外の酒造従事者を受け入れてもいますので、そこが『技術交換の場』にもなっています。菊池杜氏は県外会員として南部杜氏協会に所属しているようですが、協会内の仕事をしているわけではなく、弊社の社員杜氏です」
ーー「杜氏の移籍」は、よくあるものなのですか?
君塚さん「杜氏団体から派遣される従来型の杜氏が減って社員杜氏が増える中で、結果としてそのようなことも起きて来ています。
杜氏は「技術屋」「職人」ですから、板前さんなどと同じことです。個性的な杜氏は酒造りに対して自分のスタイルやポリシーを持っていて、周囲もその実力を認めている。『この人が造る酒なら買う』というファンもいます。今回菊池杜氏になることで新しくお取引きの始まった酒屋さんもあります」
ブランドと杜氏、日本酒はどちらのもの?
(蔵の中を案内してくれました。「この先が酒母室。でも菊池さん使ってくれないんですよ笑」)
ーー「鳴海」というブランドにも、すでに多くのファンがいると思います。菊池杜氏になることで、味が変わる心配はありませんか?
君塚さん「変わると思います。必ずしも今の酒質がベストという訳ではありません。むしろ『面白く変わる』のではと期待しています。私はもともと杜氏が『こういう酒を造りたい』という思いがあれば、それをサポートする立場にいる方が楽しいので、菊池杜氏にも自分のスタイルでやってほしいと伝えています」
ーーこれまでのファンの中には、残念に感じる人もいそうですか?
君塚さん「お酒は嗜好品で好みもそれぞれですから、中にはそう感じる方もいるかもしれません。でも逆に『おっと、そう来たか』というように思いもつかなかったタイプでご提供できる可能性もあると思っています」
鳴海の「型」と菊池杜氏の「独自性」が化学反応をうむ?
(蔵は2階建。2階で麹・酒母造りなどを行い、床の穴から1階のタンクに落とすそう)
ーー実際に、造り方は変わりましたか?
君塚さん「麹づくりなどがオーソドックスなやり方ではなく独特ですね。それに、使用する酵母の傾向を変えたというのも大きな変更点です。菊池さんは研究熱心で、新政の佐藤社長などとも交流があるようです。また、福島の鈴木賢二先生※を「師匠」としているようです」
※福島県ハイテクプラザ 会津若松技術支援センターの副所長兼醸造・食品科長。「日本酒の神」と呼ばれる存在。
ーー一方、「鳴海」らしさで残る部分はどこですか?
君塚さん「『直詰め生』という鳴海の代名詞は残しています。また『仕込水』は同じですし、気候や設備などからくる『蔵ぐせ』というのもあり、そこに鳴海らしさは残ると思います。
うちの蔵は房総という温暖な気候にあり、決して酒造りに適しているとはいえません。さらに設備的にも不十分な部分が多い。
ところが職人というのは、出来た作品で評価されます。菊池さんのように各地の杜氏と情報交換し腕を競っている立場に対しては、申し訳ないなという気持ちもありますね」
透明感のある新生・鳴海の誕生
(君塚さんが「師弟コンビ」という菊池杜氏と女性蔵人。日本酒好きで今期から酒造りに加わったそう)
ーー水、設備が同じで、造り手が違う。味のどの部分がかわってくるのでしょうか?
君塚さん「うーん…それは、わからないです(笑)。お酒造りには、味に影響を与えるファクターがたくさんあるんですよ。先ほど話した手法や酵母はもちろん、蒸米の出来具合とか、もろみ管理の温度のもっていきかたとか、様々の要素が組み合わさって結果としてお酒になる。なにがどう影響しているかというのは、非常にわかりにくい。未知な部分も多いのです。
うちの水と設備、気候。そこで菊池さんのスタイルが組み合わさったときにどうなるか、やってみないとわからないですね。
ーー現在(2020年12月時点)、菊池杜氏の最初の「鳴海」がではじめています。個人的な感想ですが、鳴海の落ち着いたフルーティーさに、「水府自慢」の上品さが加わった印象です。
君塚さん「菊池杜氏本人の言葉でいうと、『透明感があり、きれがある』ですね。華やかな香りの強い(カプロン酸エチル)タイプではなく、料理と楽しめるもの。酒はあくまで食事の脇役。邪魔せずにすいすい飲めるようなお酒かな。
まあ、でも、1期目を最後まで(春まで)造ってみるまで手探りでしょうね。いずれにしても、できたものがこれからの鳴海のスタイルになりますよ」
(蔵犬)
君塚さん、ありがとうございました!
新生・鳴海、早速飲んでみたのですが、美味いです。今回の移籍劇をサポートし、取り扱いもしている2店を下記紹介します。ぜひ新生・鳴海の化学反応を味わってみてください。