東京港醸造が目指す、200年続くサステナブルな酒蔵経営【日本酒ミニミニ大作戦】
歴史と伝統があり、自然の力で酒を醸す──。
そんなロマンあふれる日本酒造りの世界ですが、現在は衰退の一途を辿っています。出荷数はピークだった昭和52年の半分以下に落ち込み、毎年のように酒蔵廃業のニュースが聞こえてきます。
「日本酒の酒蔵は、経営戦略を抜本的に見直すべきだ」
そう提言するのは、東京港醸造の寺澤善実さんです。かつて東京に存在した酒蔵を「ビル型酒蔵」という形で約100年ぶりに復活させて、東京の日本酒「江戸開城」を醸す、凄腕の杜氏。同時に「経営者」でもあります。
今回、寺澤さんへインタビューを敢行。日本酒蔵が生き残るための「経営戦略」について語ってもらいました。
多くの日本酒蔵は、過去の栄光に縛られている
──本日はよろしくおねがいします。
「今日聞きたいのは…まあ普通のお酒造りや僕の経歴の話じゃないよね。それならすでにwebとかyoutubeにあるから、そっち見てよ」
──今回は特に「酒蔵経営」についてです。寺澤さんは酒造りを担う杜氏としてだけではなく、経営にも深く携わっていらっしゃいます。現在、多くの酒蔵さんが廃業に追い込まれるなど、厳しい状況だと聞きます。本日は寺澤さんの考える日本酒業界の課題についてお聞きしたいです。
「そうだね…日本酒の歴史を話しはじめると長くなっちゃうんだけど、まあ前提として少し説明するね。まず、今のように全国に蔵ができたのって江戸時代くらいなんだ。ほら、参勤交代というお侍さんが動く時期があって、途中の宿場町が栄えてお米が集まるもんだから、有効活用して酒を造ろうって。だから大体酒蔵っていうのは地域の(昔の)要となる場所にあって、お屋敷みたいな大きな建物なんだよね。
時代は変わって、明治42年頃ごろには酒蔵は1万1000社くらいあったかな。二度の戦争、高度経済成長なんかを経ていく中で、酒蔵の数はどんどん減っていった。
令和の今、お酒の製造免許が発行されているのは1700くらい。自分達でお酒を造って飲めるっていうのは800社くらい、これは推定だけどね。残ってる蔵のなかでも、ちゃんと機能してるのは半分くらいなんだよ」
──想像していたより厳しい状況ですね。その理由は何だお考えですか?
「時代が変わったんだよ。まず、日本の人口そのものが減ってる。胃袋の数が減ってるのに、これまでと同じ量売りたいったって、それは絶対に無理やん。加えて、酎ハイのような安いアルコールもどんどん出てきている。日本人の給料が上がっていないというけど、そうなれば当然売れにくくなる。
造り手にしたって同じ。酒蔵ってこれまでは、冬場だけ出稼ぎの人たちを大量に雇うのが主流だったけど、今同じことをやっても人は来ないし、そういう労働環境って、決していいものじゃない。
つまり、これまでの経営方法でなんとかしようって思っても無理なんだよ」
日本酒蔵の経営は、根本から見直すべきだ
──日本酒業界の衰退は「時代」に対応できていないということですか?
「うん、もうしわけないけど、昭和の時代に戻りたいと思ってるようにも見える。その気持ちもわかるんだよ、伝統産業って、歴史を重んじるところがあるからさ。
でもさ、私はよく異業種の展示会とか見に行くんだけど、(東京港醸造から)東京ビックサイトまで近いしね。すると、もう全然違う。IT業界なんかは本当に華やかなのに、日本酒の展示会はハッピきたおじさんが立っているだけ。ぱっと見でも、業界の元気さが違う。
もちろんいろんいろな立場があるからそう簡単に変えられないだろうけどさ、日本酒という伝統によいしょって乗っかっているだけに見えることもあるんだ」
令和の時代に勝つ、日本酒蔵ミニミニ経営
──旧来の経営方法を見直し、時代にあった経営へのシフトが急務とのこと。まさに、寺澤さんが「東京港醸造」で取り組んでらっしゃることだと思います。ここからは東京港醸造での施策をベースに、新しい日本酒経営についてお教えていただきます。
「まず、一般的な酒蔵は、昔の需要にあわせてできているから、大きいんだよね。現在は、造る蔵人の数も減っているし、造るお酒の量も少ない。だからとにかく導線が悪いし、非効率だよ。
また、原材料の米も、これまでは1年分まとめて仕入れて、1年かけてお酒を売っていくことが一般的だったんだけど、それだと1年先のお酒の出荷量を予測しなければいけないし、大量の米と造ったお酒を、蔵で保管しておかなければいけない。なにより、原材料の仕入れから現金になるまで時間がかかるんだ。
その間に職人さんたちにお金を払わないといけないし、販売計画がうまくいかなければ次のお金が工面できなくなってしまう。さらに今回の感染症みたいな想定外のことが起きて(飲食店に)お酒が出せなくなると、一気に苦しくなる…。
これらを解決するため、私は東京港醸造で小規模・通年・都心での酒造りに取り組んでいるんだ」
ポイント①「4階建てのビル」というスモール酒蔵
──東京港醸造は、もともと蔵元の社長が住んでいたという4階建てのビルをリフォームして造ったそうです。少ない蔵人で、少ない量の日本酒を効率的に造るには、このサイズが適しているのですね。
一番のポイントは「ビル」という縦に長い構造を生かした「工程に沿って上から下に落とす」酒造り。酒造りはざっくり「お米の処理」「発酵」「搾り」の順に進むのですが、それを上のフロアから配置し、次の工程に進むときは階下に「落とす」のだそうです。
「広い蔵だと、材料を『横』に動かしていくんだよね。人がお米を運んだり、リフトに積んで動かしたり、液体はポンプで運んだり。エネルギーでいうと、横移動を繰り返すより、一度上まで持ち上げて落としていくほうが効率的なんだよ」
ポイント②四季醸造で、材料→現金の時間を短縮
東京港醸造のビルは空調で温度管理されており、1年を通してお酒造りを行う「四季醸造」が可能です。これにより「仕入れ→現金化」の流れが一気に短縮できるそうです。
「1年分の醸造計画を練るんじゃなくって、うちは1週間単位で考えているんだ。使えるタンクが少ないということもあるんだけど、醸造計画を細かくして、材料の米はその都度必要な分量を仕入れる。すると、米を仕入れすぎて在庫を抱えすぎることはない。また、仕入れから2ヶ月くらいで日本酒として売れるから、現金化も早い。無理なく経営ができるようになるんだ」
ポイント③少人数、少量仕込みを支える「オリジナル機材」開発
現在、東京港醸造では寺澤さん含む3名で酒造りに取り組んでいます。酒造りといえば、夜勤・長時間労働、長い経験がなければ習得できない、など厳しいイメージですが、東京港醸造ではそれらを解決するためにさまざまな機材を自ら開発しています。
たとえば、約2日間人がつきっきりで取り組むことが必要とされる「麹」造り。東京港醸造では麹室をステンレス板で機密性を高めるなどの工夫を行うことで、麹管理の自動化を実現しています。
また、こちらは細かな設定が可能な「吟醸切返し機」。酒造りの効率をアップするさまざまな機材の開発に取り組んでいます。
ポイント④日本酒蔵の「場所」を再定義する
「東京港醸造」が位置するのは、東京・港区。この立地にも、地方の酒蔵にはないメリットがあるそうです。
ひとつめのメリットは、販売先である「酒屋さん」までの距離が近いこと。通常、地方の蔵から取り扱いのある酒屋さんまで商品を「発送」する必要があるのですが、東京港醸造の場合、近隣の酒屋さんが配達のついでに立ち寄り、商品をピックアップしていってくれるのだそう。この動きを活性化させるため、引き取りの場合はケース単位で割引を行なっているそうです。
もうひとつは、実際にお酒を飲んでくれる「消費者」との距離も近いこと。東京港醸造の1階には、商品の直売所のほか、その場でお酒を注文して飲むことができる「テイスティングカー」があり、いつも近隣のお酒好きで賑わっています。
訪れればいつでも「新鮮なお酒を味わうことができる」ことは、東京港醸造のひとつの武器となっています。
「東京港醸造の場合はビジネス街ということでこういう売り方をしているけど、これからは観光地や駅など、そこで造ることに価値のでる場所に『酒蔵を持っていく』という発想も大切だと思うね」
スモールな酒造りの本質は「200年後に日本酒文化を残すこと」
──寺澤さんの進めるスモール酒造りは、東京港醸造以外にも広がってきています。たとえば、東京駅の駅構内にある「東京駅酒造場」。酒販店の「はせがわ酒店」とタッグを組み、わずか22.8㎡の空間でお酒造りをし、そのまま店頭で提供するという取り組みをしています。
──このほか、現在複数のスモール酒蔵のプロデュースにも取り組んでいるのだそうです。スモールな酒造りって儲かるのだろうかと下世話な興味がでてきますが…寺澤さんは「儲からない」ときっぱり。
「日本酒を少量造って売る、という方法は、儲からないね。
いま、うちの日本酒の需要は高まっている(=売れている)けど、安直に製造量を増やすんじゃなくって『これ以上造れないから待ってくれ』というようにしている。目の前の利益がほしければ、事業を拡大したり、ビールとか他のお酒を造るって方法もあるだろうけど、そっちは目指していない。
ほら、有名な昔ながらの和菓子屋さんだってそうじゃないか、少ししかないお菓子を求めて、たくさんの人が行列つくったりしているでしょう。利益はさほど増えないかもしれないけど、価値を維持するという考えであれば、うん、今のままを続ける方がいい。
私が目指しているのは、拡大することじゃなくって、日本酒造りを200年後も継続させることなんだよ」
伝統と革新、優先すべきはどちらか?
現在、全国の多くの酒蔵は、その土地の水や風土を生かした「テロワール」を目指し、独自のお酒を目指しています。そうした流れがあるなか、東京港醸造が、都会の真ん中でお酒を造ることは、日本酒の文化的価値を損なうことになるのではないか──。インタビューの最後に、そう聞いてみました。
「もちろん『地元の伏流水使っています』っていうような、テロワールができることは、すごくいいと思うよ。それもひとつの方法だ。
一方で、日本酒という存在を、気候から土地まですべてで縛るのは、私は違う気がしている。ウイスキーが日本でも造られるみたいに、伝統的な技術をもった上で、場所を移して発展していくことは、競争原理という意味でも大切なんだ。
私の思う酒造りとは、米を原料に、麹と酵母を使って描く作品なんだよ。黄麹菌だったり酵母だったり、それらは先人が今に引き継いてくれたものであって、決して令和の今にできたものじゃない。私は東京という場所で造ることの利点を使って、日本酒の文化を継続できる環境を造っていきたいんだ」
東京港醸造の寺澤さん、ありがとうございました!
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もちろん、お酒を飲みます。