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とつげき隣のヒトハコさん8:広がるご縁で実店舗へ「ヴィスナー文庫」

今回はみつばち古書部や書肆七味などに参加しつつ、間借りでブックカフェもされている「ヴィスナー文庫」さんのお話をお伺いしました。2022年夏には実店舗も大阪にオープンされ、お店の看板は芥川賞受賞作家であり元同僚で友人の吉村萬壱氏に作ってもらったそうです。

公園が見える長屋の2階に実店舗「ヴィスナー文庫」をオープンされました
2階入り口部分の看板も吉村萬壱氏によるもの

そして、開店までには意外な展開もあったようで……

屋号の由来はカンボジアにあり

――まず皆さんに屋号の由来をお聞きしておりまして、ヴィスナーさんのお名前はどんな意味があるのでしょうか?

ヴィスナー文庫:名前の由来を話すと長くなるのですが、カンボジアの方とご縁があり、カンボジアの名前として「ヴィスナー」と名付けていただく機会があったんです。それが、みつばち古書部へ参加するときの屋号になりました。

元々、妻がカンボジア舞踊に興味があり、日本でカンボジア舞踊を教えているお師匠さんが居て、その方のさらにお師匠さんにあたる人たちの前で踊りを披露する機会がありました。それがプノンペンにあるカンボジア王立芸術大学だったので、私も同行したんですが、リハーサルをしてる間は暇なもので……そのとき、妻の友人でカンボジア滞在経験のある方が私を案内してくださったんです。

青年海外協力隊でカンボジアに赴任し、長らく学校関係のお仕事をされていた方だったのもあって、カンポットの教育委員会の方と引き合わせていただきました。私も元は教員をしていたので、その方と色々お話をさせてもらったんです。

話していると、カンボジアの人には日本語が発音しづらいらしくて、私の名前も妻の名前も呼びにくいから、カンボジアの名前を付けてあげようと仰いました。そうして妻は「なんでもできる」を意味する「レアッカナー」、私は運命や宿命を意味する「ヴィスナー」と、クメール語の名前をもらったのが屋号の由来です。

これらの名前はカンボジアではよくある名前らしいんです。

――カンボジアにルーツがあったんですね!

ヴィスナー文庫:みつばち古書部に参加して屋号を考えるとき、すぐにもう一つの名前である「ヴィスナー」が出たような感じで。今では私のことを「ヴィスナーさん」と呼ぶ人も多くなったので、本当に第二の名前になっちゃいました。

デビューしたての頃は「ヴィーナス文庫」と間違われて、女性だと思っていた人もいたようです。

――私も屋号の字面が漢字ばっかりなもので、たまに性別誤認されてます。

ヴィスナー文庫:そうですね。しかも日本酒を推しておられるから、男性だと思われてしまいそうですね。

本に囲まれたセカンドライフを求めて

――ヴィスナー文庫さんが本を売る活動をされたのは、いつからですか?

ヴィスナー文庫:最初は2018年10月に参加を始めた、みつばち古書部からですね。それから芦屋の風文庫さんもオープンされるときにお声がけいただいて参加してますし、駒川商店街にある本の店スタントンさんともみつばち古書部の忘年会で知り合って、出品させていただいてます。

――みつばち古書部がスタートなんですね。みつばち古書部の存在はどこで知って、参加されるようになったんですか?

ヴィスナー文庫:私は本が好きだったので、本に囲まれた晩年を過ごしたいと思ってたんです。なので、高校の教員を定年退職してから、通信教育で図書館司書の資格を取りました。

それで、資格が取れたから司書の仕事を探したんですけど、図書館司書というとあまり年配の男性は求めていないようなんですね。

なんとか最終面接まで進めたところがあったんですが、そこで「あなたが着任する予定の図書館の館長は、あなたより年下の女性になるが大丈夫か」と、しつこく聞かれました。

それで、自分はずっと高校の教員をやっていましたし、教員は年齢関係なく同じ土俵でやる仕事なわけで……親子ほど年の離れた人と組んだり、その人がリーダーになったりもするし、いちいちどっちが年上とか気にしてる暇なんてないんですよ。だから、年下の館長でも大丈夫ですと、聞かれるたびにそう答えていました。

何回も同じことを聞くなと思っていたら、最終的には「あなたが年齢を気にしなくても、向こうは気にするんです」って面接官が言ってきたんです。それを言われると、私としては返事のしようがないじゃないですか。

それで、この時はあかんなと。定年後の高齢の人材は、社会的に必要とされてないんだなと、ちょっと思いました。でも、帰り際には「いつでも着任できるよう、1ヶ月は時間を空けておくように」と言われたので予定を空けて待っていたんですが、やっぱり1ヶ月後に断りの電話があって。

司書の資格を取るために結構勉強しましたし、スクーリングで2週間ほど若い人と一緒に勉強して、めっちゃ楽しかったんですけど……そんなことがあって、資格を取ってもあかんねんなと、しばらく腐ってたんですよ。

そんな時、妻がみつばち古書部を見つけてきて「こんなんやってるよ、行ってみたら」って背中を押してくれました。でも、その頃の私はだいぶ腐っていて「きっと若い人ばっかりやろうし、邪魔になるだろうから」って嫌がってたんですけど、「とにかく連絡入れてみなさい」って妻に言われて……。

それで思い切って居留守文庫さんを訪ねてお話してみると「いいですよ、ぜひ参加してください」って言っていただけたんです。帰ってから妻とも相談して正式に参加希望のメールを送ると、すぐに屋号を連絡してくださいとか、プロフィールを書いてくださいとかって、話が決まっていきました。

社会に受け入れられるって、こんなに嬉しいことやったんやなと思いましたよね。それが私のスタートなんですよ。最初は司書の資格を取って、図書館の仕事をして本に囲まれようとしたんですけど、古本屋も本を扱う場所には違いないんで。

ただ、せっかく司書の資格を取ったんで、司書のキャリアがないのも悔しいし、もったいないなと。それで、学校図書館の司書を募集していたので、そちらは応募したら受かったので、古本屋をやりながら司書のキャリアも一応スタートできました。

思いがけないきっかけから実店舗オープンへ

――みつばち古書部からご縁が広がり、ついには実店舗もオープンされましたが、こちらのお店はどんな経緯でできたんですか?

ヴィスナー文庫:この場所にお店を開く前、文の里にあるレンタルスペース「あべのながや六」を間借りして、ブックカフェをしていました。その時に妻と冗談で、小遣いで何とかなるぐらいで借りられる物件があれば……というようなことは言ってましたね。で、一応探してはみたものの、予算に合う物件はなかなかなくて、みつばち古書部の周辺とかを見ても、家賃の桁がね。

それで「あべのって」っていう阿倍野区の地域振興ボランティア団体があって、そこにもみつばち古書部に入るちょっと前から参加してたんですけど、そこで知り合った方が私設図書室を計画されていて。図書室の片隅にコーヒースタンドを設けるとお聞きしたので、それなら間借りでブックカフェをした経験もあるし、お手伝いしますよって手を挙げてたんです。

その後、場所が決まったと伺って住所を尋ねたら、なんと私の家から徒歩100歩のところだったんです! しかも、同じ建物の2階でテナントを募集しているという話で。

こんな近所で手が届きそうな物件はもうないよと妻とも相談して、2人で折半してお小遣いで遊べる程度の家賃だったら、家にあふれてきた本を置く倉庫代わりでもいいから借りようかという話になりました。

――では本格的に開店を考えて物件探しをして……というよりは、近くにちょうどいい物件が見つかって、お店をオープンという流れなんですね。

ヴィスナー文庫:まさか本当に、自分が本屋をやるとは思ってませんでした。この物件はもう本当に家賃を勉強してもらって、作り付けの棚やワゴンも家主さんが実費で作ってくださったんですよ。

並べる本は自分の好みから

――お店や出店されているところの棚に置かれている本は、何かテーマや傾向がありますか?

ヴィスナー文庫:元々、ミステリーとかサスペンスとか、そういうジャンルが好きだったので、そこから出発してますね。今でも小説の方が得意というか、そっちが中心の選書になるんですけど、お店をやる以上はそればかりもと思って、今いろんな本に手を出してるところです。

特に漫画が難しくて、よくわからないんですよ。最近棚を増やしたんですけど、漫画というと手塚治虫と水木しげるぐらいしかわからないんです。昔はよく読んでたんですけどね。

あとは「本」をテーマにした作品もちょっと集めてます。

――絵本も置かれてますよね。

ヴィスナー文庫:はい、絵本は好きで、最近お買い得品があったら集めるようになりました。知識はほとんどないんですけど、もう自分の好みで、絵が綺麗とかで選んでます。

今、凝ってるのは、いせひでこさんの本です。絵のタッチが好きで。だいぶ長く活動されていて、元々は漢字の「伊勢英子」というお名前で、いろんな絵本作家さんの絵を描いておられたみたいです。最近は「いせひでこ」と、ひらがなのお名前で、自分で絵本の文章も書かれてます。

凝ってると言いながら売れちゃったので、今、いせひでこさんの本は店にはないんですけど、状態のいいものが割と安く手に入ったらキレイにお化粧して、別に売れなくてもいいや的な値段を付けて置いてます。

それでも今みたいに、「いせひでこさんの本が好きなんです」ってお客さんに紹介すると、買ってくださる方もいて、結構早く売れちゃうんです。

実店舗をオープンすると意外な来客も

――お店を始められたり、みつばち古書部などへの出店されたりするなかで、気付いたことや変化はありましたか?

ヴィスナー文庫:みつばち古書部に出店して店番に入って思ったのは、本好きの方がいらっしゃるので、その方との出会いというか、お話しするのがものすごく楽しい、ということですね。本の話になると夢中になって話される方が多いので、面白いなと思いますし。

読酌文庫さんもご経験があると思うんですけど、活動を通じて仲良くなった方もいますし、今インタビューしていただいてるのもそうですし、Zineの原稿を書きませんかって誘われて、載せていただくこともあるし。そういう部分も面白いですね。

お店をやっていると、お客さまの中には「えっ!?」って方がいらっしゃったこともあります。お店のオープン日に、1人で東京から来られた男性のお客さまがいらっしゃって、どこでお知りになったのか尋ねてみたら、居留守文庫さんからの紹介だったんです。

居留守文庫さんにはお店をオープンするにあたって本当に、目立たないところでも支援してくださってたんですけど、たまたまヴィスナー文庫のオープン日にそのお客さまが居留守文庫にいらっしゃったらしいんです。そこで「今日オープンの古本屋がありますよ」って聞いたらしくて。それで興味を持って、来てくださって本を2、3冊買っていってくださいました。

それから数日後、東京から来たお客さまが、私のお店を紹介して下さっているのをネットで見つけて、その方が書評家の杉江松恋さんだったとわかり、びっくりしました! 「遠方からわざわざお越しいただいてすいません」なんて言っている暇があったら、サインの一つでももらっておけばよかったと後悔しましたが、本当に感動しましたね。

その数週間後、東京から来たという女性が1人来店されて、どうしてうちの店を知ったのかお尋ねしたら、吉村萬壱の大ファンだと話してくださいました。吉村萬壱もお店のロゴを作ってくれたり、SNSで宣伝してくれたりと、お店をオープンするにあたっていろんな支援をしてくれているんですよ。

それがあって、大阪にヴィスナー文庫っていう、吉村萬壱イチ推しの古本屋があるらしいから来たってことだったんです。その女性は映像クリエイターをされていて、東京にあるシェア型古書店にも出店してるそうで、お店の紹介も写真入りでしてくださいました。

あとは年賀状に「古書店をオープンしました」と書いていたら、年賀状だけのやり取りになってしまっていた古い知人とも久しぶりに会えました。三十数年ぶりのことでした。

こうした出会いや再会があるのは、お店をやってみて嬉しかった出来事ですね。

お店に腰を据えつつ外部への発信も検討中

――今後の活動としては、やはりお店が中心ですか? 他にも出店しようとか、参加を考えているイベントもありますか?

ヴィスナー文庫:そうですね、やっぱり拠点ができたので、自分の店が少しでも活性化するよう、腰を据えてやっていく必要はあるかなと感じています。お店を始めるにあたって、お手本にしたお店やアドバイスをいただいた方もいらっしゃるんですけど、お店を持つなら責任を持って、腰を据えてやりなさいと助言されました。

それもそうだなと感じたところがあって。お店をやるからには、行ったけど閉まってたではお話にならないので、まず開店しないといけないし。やるからには一定の水準で、品揃えしとかないといけないし。

だから活動を広げるなら、ここを拠点に考えることになるかなと。ただ、この場所は駅周辺とか商店街とかと違って、人が通りすがらないところにあるので、時々はイベントに参加したりして、外に向けて積極的に発信していく必要もあるかなと思ってます。

あと、あまり更新してないんですけど、ホームページも作ってるんです。「ここだけの話」という日記風のコーナーや「この1冊」というおすすめの本書評欄と、あと「阿倍野文学散歩」っていう、阿倍野区の文学古跡の紹介コーナーも予定しています。

日記のところには杉江松恋さんが来られた話など、お店であったちょっとした出来事を書いてます。おすすめの本はまだ2冊ほど、「阿倍野文学散歩」も、阿倍野区に関する文学の話を小説仕立てにして連載したら面白いなと思いながら、なかなか書き始められずにいて開店休業状態です。がんばらないと……。

後記

作家の吉村萬壱さんと縁のあるヴィスナー文庫さんも、公募小説へ挑戦した経験があったそうで、そんなこぼれ話もお伺いしました。
原稿用紙50枚までの規定だったのに、勘違いから原稿用紙100枚の作品を仕上げてしまい、応募締め切り直前に気付くハプニング発生。大急ぎで内容を削り、原稿用紙50枚になるよう修正したことが功を奏し、3位入賞という華々しい結果を残されています。
内容を吟味して、推敲して、研ぎ澄ませてこそ、作品の完成度が上がるのだと、身につまされるエピソードでした。
お店のサイトでも小説仕立ての連載を構想されているようで、今後の執筆活動にも注目です。

今回のヒトハコさん情報

  • 屋号:ヴィスナー文庫(実店舗:大阪市阿倍野区松虫通3丁目3−12)

  • 活動PR:シェア型古書店発祥の店「みつばち古書部」、姉妹店「書肆七味」、芦屋「風文庫」、駒川の「本の店スタントン」に古書を出品中。
    阿倍野区共立通「キクヤガーデン」で毎月第1日曜日にカレーカフェを実施中、お飲み物のほか、古書も販売しています。
    松虫通の「みんなの図書室ほんむすび」(ヴィスナー文庫のある建物の1階)で、毎週金曜日早朝7時~9時にモーニングカフェ、13時~18時にカフェをやっています。この日は午後は2階でヴィスナー文庫も営業しています。月によってスケジュールが変更になることがありますので、ホームページで営業をご確認の上、ぜひお越し下さい。

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読酌文庫/朔
果てしない自由の代償として、全て自己責任となる道を選んだ、哀れな化け狸。人里の暮らしは性に合わなかったのだ…。