ライフログ・マップ
ライフログ・マップというサービスについての話。
まえがき
にて書いたブレインについて先にお読みいただけると、スムーズに話が入ってくるかもしれません。
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夫が癌で死に、1か月が経ち、マイはその遺品整理をしていた。
と言っても『物』と言えるモノは殆どなく、彼女が主に整理していたのは、病院から返却された、彼のブレインのその中にあったデータだ。
主には街中で見つけた犬や猫言ったものの写真が多かった。入院してからも、窓から見える木や町、窓辺に寄る小鳥の写真などがあり、彼の人となりを思い出した。
そんな中、彼女はライフログ・マップというサービスからデータが送られていることに気づく。
それは、今から1年ほど前、夫が入院する直前の日付に残された、彼の行動データだった。
マイがそのデータを恐る恐る開くと、そこは薫風のかおる、さわやかな森の小道だった。
木漏れ日の向こうに、夫が立っている。
「やあ、マイちゃん」
と、彼は語る。
「このデータを君が見ているってことは僕は死んだってことなんだろうね。……なんて、ちょっとクサいかな」
彼は優しく笑うと、照れくさそうに頭をかいて、歩き出す。
――ああ。
マイは涙ぐむ。あの声も、映画に影響されたような言葉遣いも、優しい笑みも、バツが悪くなると頭をかく癖も、全て彼のものだ。ここに、彼はいるのだ。
彼は、そのあともぽつぽつと、独り言を言いながら歩き続けた。彼との出会いの事、ケンカしたこと。仲直りにコンビニのケーキを二人で食べたこと。そのケーキにコーヒーをこぼして二人で笑ったこと。様々なことを、彼は一人で語った。
彼女は彼の語る知っている出来事に笑み、その知らなかった側面にまた涙した。
しばらく歩くと、森を抜け、小さな公園のような場所に出た。
さっきまであんなに木の香りに包まれていたのに、どうだろう、そこは海の見える公園だった。唐突に、潮の香りが彼女の鼻腔をくすぐった。
「君は、ここを覚えているかな」
彼は、公園の端にある、小さなテーブルを、どこか懐かしそうな瞳で見つめ、そして優しくなでた。
「忘れるわけ、無いじゃん」
目頭がかっと熱くなる。彼女は両手で顔を覆い、強く歯を食いしばった。
彼女は、その場所を知っていた。
そこは、彼の先ほどの話にも出てきた『コンビニのケーキを食べた場所』だった。
「ここでケーキ食べたね。そのあとも、何度もここにきて色々な話をしたね。……あの頃は、君と結婚するだなんて思ってもなかった」
彼は、テーブルに備え付けられていたベンチに腰を下ろし、海の向こうを眺めている。
「僕もあんまり素直な方じゃないけど、君も頑固だからさ。きっと僕が最期の時になっても、こういう話はしないと思うんだ」
マイは、静かに彼の言葉を聞いていた。そうだ、彼はこういうことを言うやつだった。
彼の言葉を最後まで聞き届けると、どこからともなく汎用型バーチャルアシスタントが現れ、こう告げる。
「この度はライフログ・マップをご利用いただきありがとうございます。こちらは、スドウ様から、このデータの再生終了時お渡しするようにと承ったデータです」
「これは……?」
「ライフログ・マップで提供しているモーメントデータです。中身は分かりませんが、ファイル名は『mai_keisuke_200220』です。では』
それだけ言って、アシスタントは消えてしまう。
「200220って、20年の2月20日ってこと……?」
いぶかしげながら、彼女はデータを再生する。
「あっ、やっぱり……。そっか、この日も撮ってたんだ……」
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「まったく、せっかくいい家だったのに」
「うるさいなお母さんは。私1人で住むのにあの家は広すぎたの。あ、待ってそれは玄関に置く」
マイは母親から1つの小さな包みを奪い、丁寧に梱包をほどいていく。
「それ何?」
怪訝そうに見つめる母親に、マイは笑顔で返す。
「思い出」
梱包を取ると、そこにはマイとケイスケが2人、コーヒーで茶色に染まったケーキを囲んで、目に涙を浮かべて笑っていた。
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あとがき
いつか未来にあるかもしれない、ライフログ・マップというサービスのお話でした。
簡単にいえばGoogle MapにあるTimeline機能のVR版のようなイメージで、
人の移動を衛星カメラや夢遊ドローンで追跡したり対象者の五感を計測・保存したりすることで、精密な「あの日あの時」を再現するサービスです。
また、記録された道程のうちの1瞬を切り抜き、3Dオブジェクトとして保存することもできるので、フィギュア化なども可能です。
似たようなサービスは既に紹介した通り、Google Mapだったり、単に写真というだけでも近い機能は持っているので、既にいくつも存在すると言えます。
特にフォトグラメトリなどは最近活発に研究・利用されていて、『今』を保存する手段がどんどん増えている現状は本当に素晴らしく、
またその技術の進歩によって救われる人がいるのかもしれないと思うと、胸にこみあげてくるものがあります。
技術の進化で人を救いたい。
技術者の夢はいつもそこなのかもしれません。
いつか、悲しむ人が誰も出なくなるような技術が出来上がると良いですね。
(自分で書いた話に気持ちが影響されすぎている気配をビシビシと感じでいるので、この辺にしておきます)
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