『石器痕跡研究の理論と実践』

                   御堂島正 編
 
 国重要文化財ともなっている神子柴遺跡の黒曜石尖頭器をステージに恐る恐る顕微鏡下に置いて観察したとき,最初に目に飛び込んできた画像は強烈
だった。無数の線状痕が,しかも側縁部についていたのだ。神子柴の尖頭器は使用されており,しかもヤリではなくナイフとして機能していた。さらにこの石器には100km以上もの距離を運ばれないとつかない運搬痕も残されていた。このように石器には数々の痕跡が刻まれている。
 このたび御堂島正さんの編著になる『石器痕跡研究の理論と実践』が上梓された。様々な角度から「痕跡」に焦点をあてた最初の書として是非手元に
置きたい1冊である。コンテンツをあげておく。

・石器痕跡研究の現在(御堂島正)
・実験痕跡研究における形成理論の役割(中沢祐一)
・運搬痕跡研究とその考古学的意義(沢田敦)
・台形様石器の分析からわかる初期現生人類の技術と行動(山岡拓也)
・秋田県縄手下遺跡出土石器の使用痕分析(佐野勝宏)
・峠下型1類・美利河型細石刃核を伴う石器群の使用痕分析(岩瀬彬)
・製作痕跡の分析による尖頭器製作技術の解明(髙倉純)
・磨石・石皿類の摩耗痕(上條信彦)
・使用痕から見た石製収穫具の身体技法(原田幹)
・有茎スクレイパーの利用法(高瀬克範)

 原石が採取され,石器が製作され,石器が使用され,別の場所に運ばれ,メンテナンスされ,機能不全になって廃棄される,あるいはうっかりなくしてしまう。そして途方もない時間が経過して,我々の前に石器が現れる。
 かつて,フリソン,あるいはディブルによる,リダクション・プロセスという視座の提示が,それまで固定的で変異のないものという石器の見方に新鮮な輝きをもたらしたことを思い出す。こうしたリダクション・シークエンスなども含め,そのライフヒストリーを語ってくれる痕跡研究の理論と実践を本書では深く学ぶことができる。
                             【堤 隆】
同成社 2020年10月刊 273頁 6000円+税

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?