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隠岐黒曜石原産地 【旧石器電子辞書】<お>

                      島根県教育庁 稲田陽介

【おきこくようせきげんさんち】

【概要】
 隠岐諸島は島根半島の北東約40〜80kmに位置し、4島の有人島と180余りの無人島からなる。有人島のうち、南西にある中ノ島、西ノ島、知夫里島を島前(どうぜん)、北東の1島を島後(どうご)と呼んでいる。このうち黒曜石が産出するのは島後のみで、一般に「隠岐産」と呼ばれる黒曜石は、全て島後で採取されたものを指している。隠岐産黒曜石は中国地方一帯に供給されており、道東・中部関東・西北九州に次ぐ広大な石材利用圏を形成する(稲田孝2018)。

【地質】
 隠岐産黒曜石は、新生代新第三紀後期中新世〜前期鮮新世に起こったアルカリ質火山活動によって生成された。この頃、島後では流紋岩と粗面岩などからなる重栖層(おもすそう)が堆積し、黒曜石はこの重栖層中にほぼ普遍的に含まれている(村上2018)。

【産出地】 
黒曜石の採取地点は、これまでに20ヶ所以上が確認されている(及川他2014・2015など)。これらは、地理的なまとまりから久見地域(久見・久見高丸・鳥越・沖ノ浦など)、加茂地域(加茂サスカ・神尾・箕浦・岸浜など)、津井地域(男池・女池・愛宕山など)に区分することができる。各地域で採れる黒曜石はそれぞれ特徴をもっており、例えば久見では表面に縞が入るものが多く、津井では表面が油脂状の光沢を持つものが見られる。

隠岐産黒曜石の分布(『稲田陽介編2018『隠岐の黒曜石』島根県立古代出雲歴史博物館より転載

隠岐黒曜石原産地 【おきこくようせきげんさんち】


【原産地遺跡】
 久見地域では、久見宮ノ尾遺跡(及川他2018)と久見高丸遺跡(竹広他2012、稲田他編2017)で発掘調査が行われている。久見宮ノ尾遺跡の試掘調査では、わずか5㎡に満たないトレンチから、槍先形尖頭器未製品を含む3000点以上の黒曜石が出土し、更新世末の槍先形尖頭器石器群として位置付けられている。久見高丸遺跡では、約4mの厚い崖錐性堆積物の下部より黒曜石製石器群が見つかっている。隠岐の島町教育委員会が行った発掘調査では、縄文時代早期初頭と推定される約3,800点の黒曜石石器群が出土し、重栖層の露頭を切り崩して採取する「斜面採掘」が行われた可能性が指摘されている。
 加茂地域では、加茂サスカ遺跡の調査が行われている(竹広2009、竹広他2014)。加茂サスカ遺跡では、原石を含めて約3,500点の黒曜石製石器群が出土し、後期旧石器時代ナイフ形石器文化期と後期旧石器時代終末期〜縄文時代草創期の2時期が想定されている。
 津井地域では、今のところ明確な原産地遺跡は確認されていない。今後の踏査次第ではあるが、津井地域では、原石散布地を遺跡化するような黒曜石獲得行動は取られなかったのかもしれない。

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【蛍光X線分析】
 蛍光X線分析を用いた産地同定は、これまでに多くデータが蓄積されている(藁科他1985、平野1986、藤野編2001など)。それによると、久見・加茂・津井の3地域が利用されていること、その中でも特に久見産が多いこと、中国地方西部では隠岐産黒曜石と九州産黒曜石が混在していること、などが明らかにされている。一方で、旧石器時代終末期から縄文時代草創期の分析において、未知の原産地の存在をうかがわせる事例も報告されている(白石2003など)。
 近年では、より高精度かつ高確度な原産地解析システムの開発が進められており(隅田他2016)、これまで確認されていなかった新たな産地や、時期ごとの産地利用について言及されている(稲田他2019)。また、隠岐産黒曜石と化学的に類似している壱岐産黒曜石についても検討が加えられ、両者の判別方法が示されている(隅田他2018)。

【引用・参考文献】 
稲田孝司 2018 「黒曜石の原産地遺跡と搬出システム−隠岐黒曜石原産地調査に関連して−」『隠岐産黒曜石の獲得と利用の研究』43−61頁、島根県古代文化センター
稲田陽介・野津哲志編 2017 『久見高丸遺跡』隠岐の島町教育委員会・島根県古代文化センター
稲田陽介・隅田祥光・亀井淳志・及川穣・伊藤徳広・灘友佳 2019「定量・半定量分析による隠岐産黒曜石の原産地判別と獲得行動」『日本考古学協会第85回総会 研究発表要旨』114−115頁、日本考古学協会
及川 穣・隅田祥光・稲田陽介・伊藤徳広・今田賢治・川井優也・河内俊介・角原寛俊・藤川 翔・川島行彦 2014 「島根県隠岐諸島黒曜石原産地の踏査報告」『島根考古学会誌』第31集、1-23頁、島根考古学会
及川 穣・隅田祥光・池谷信之・稲田陽介・今田賢治・川井優也・河内俊介・竹内 健・角原寛俊・藤川 翔・高村優花・灘 友佳・野村暁弘・藤原 唯 2015 「島根県隠岐諸島黒曜石原産地の調査報告」『島根考古学会誌』第32集、1-24頁、島根考古学会
及川 穣・隅田祥光・稲田陽介・早田 勉・粟野翔太・岡本一馬・勝田雄大・藤井奏乃・吉村璃来 2018 「島根県隠岐諸島黒曜石原産地の調査報告(4)−隠岐の島町久見宮ノ尾遺跡の試掘調査と原産地踏査−」『資源環境と人類』第8号、93-107頁、明治大学黒耀石研究センター紀要
白石 純 2003「東遺跡出土石器の石材について」『東遺跡Ⅰ』33−35頁、蒜山教育事務組合教育委員会
隅田祥光・稲田陽介・亀井淳志・及川穣 2016 「島根県隠岐島後における黒曜石の全岩化学組成〜黒曜石製石器の原産地解析システムの構築に向けて〜」『資源環境と人類』第6号、73-86頁、明治大学黒耀石研究センター
隅田祥光・亀井淳志・川道寛・及川穣・稲田陽介・粟野翔太 2018 「長崎県壱岐と島根県隠岐島後の黒曜石の化学的特徴の類似性と原産地判別法についての検討」『旧石器研究』第14号、99−101頁、日本旧石器学会
竹広文明 2009 「隠岐黒曜石原産地をめぐる諸問題」『旧石器考古学』71、87−97頁、旧石器文化談話会
竹広文明・小川原励 2012 「隠岐の島町久見における黒曜石原産地遺跡についての予察」『広島大学大学院文学研究科 帝釈峡遺跡群発掘調査室年報ⅩⅩⅥ』51−74頁、広島大学大学院文学研究科帝釈峡遺跡群発掘調査室・考古学研究室
竹広文明・森本直人・山手貴生 2014 「島根県隠岐の島町加茂サスカ遺跡の縦長剥片剥離技術関連資料」『広島大学大学院文学研究科 帝釈峡遺跡群発掘調査室年報ⅩⅩⅧ』67−86頁、広島大学大学院文学研究科帝釈峡遺跡群発掘調査室・考古学研究室
平野芳英 1986 「隠岐島産の黒曜石−島根県内出土黒曜石の蛍光X線分析から−」『山本清先生喜寿記念論集 山陰考古学の諸問題』65−95頁、山本清先生喜寿記念論集刊行会
藤野次史編 2001 『石器石材からみた西日本における旧石器時代集団関係の研究−中国地方西部の石器石材に関する基礎調査−』
村上 久 2018 「隠岐の地質と黒曜石」『隠岐産黒曜石の獲得と利用の研究』5-28頁、島根県古代文化センター
藁科哲男・宍道正年 1985 「島根県 隠岐黒耀石原産地−原石産出地と原石分布圏−」『探訪縄文の遺跡 西日本編』215−221頁、有斐閣
※ 主要なもののみにとどめた

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