見出し画像

敲 石 【旧石器電子辞書】<た>

                      長野県埋蔵文化財センター
                              村井大海
敲石 【たたきいし】

【定義】
 自然礫に敲打による使用痕が認められる礫石器で、片手に保持して使用することができる大きさ、重量のものを敲石と定義し、それが困難なものは台石に分類されることが一般的である。旧石器時代のみならず、石器が人間生活を営むうえで主要な利器であった期間に、時代や地域を問わず使用された石器である。

※ トップ写真は、柏ヶ谷長ヲサ遺跡(神奈川県)第Ⅸ文化層出土 敲石。
  AT降灰後 Ⅴ層・Ⅳ下層段階 (推定 28,000年前)

【敲石の認定】
 敲石は敲打による使用の痕跡を観察することにより認定される石器である。これは形態的特徴によって分類されるナイフ形石器や彫刻刀形石器等多くの石器の認定基準と決定的に異なる敲石の特性である。したがって敲石を認定するためには、敲打痕の客観的な観察が必要となる。敲打痕の観察は古くは観察者の主観によっていたが、近年は主に石器の製作実験に伴う実験用敲石に認められる敲打痕の特徴をもとにした観察が行われるようになり、客観性の担保が試みられている(黒坪一樹1983・2004、小菅将夫2007、村井大海2013)。

画像1

画像2

【用途】
 敲石の用途は多岐にわたると考えられるが、代表的なものは石器製作時の加工具として利用される例と植物質食料の調理・加工に利用される例をあげることができる。そして、敲石を題材とする研究の多くも、この2つの用途を念頭に置いている。これまで、敲打痕の種類および残される部位や遺跡における敲石の分布を分析することで、用途の解明が進められてきた(黒坪1982・1983・1984・2004、鈴木忠司2008、藤木聡2000、村井2013・2016、山崎芳春2007a・b、渡邊貴代2007)。これらの論考は旧石器時代における石器製作をこれまで以上に多角的、立体的に復元し、また石器製作の枠を超え遺跡における場の使い分けにも言及されている。さらに食料獲得やその利用方法に対する新しい知見をもたらす等の成果をあげている。一方で用途を説明するためには加工する「対象物」、敲石そのものの「物性」、敲石を使用する人間の「動作」等さまざまな要素を複合的に捉える必要があるが、使用痕のみからこれらを判別することは非常に難しい。分布の場合、遺跡は最終的に遺棄された状態を示しており、さらに遺物は埋没前や埋没後にも様々な要因で移動することがある。そのような状況の分布からどこまで敲石の用途に言及できるのか、解決すべき課題も多い。

参考文献
黒坪一樹 1982 「第Ⅷ章 敲石類・磨製石斧をめぐる分布論 第1節 敲石類」『野沢遺跡』 pp.241-267
黒坪一樹 1983 「日本先土器時代における敲石類の研究(上)」『古代文化』35-12 pp.11-31
黒坪一樹 1984 「日本先土器時代における敲石類の研究(下)」『古代文化』36-3 pp.17-33
黒坪一樹 2004 「飛騨トチムキ石と岩宿時代敲石類研究への視点」『山下秀樹氏追悼考古論集』 pp.15-24
鈴木忠司 2008 「岩宿時代の植物質食料」『旧石器研究』第4号 pp.35-47
小菅将夫 2007 「石器製作実験のなかの敲石」『岩宿フォーラム2007 敲石・叩き石 予稿集』 pp.78-86
藤木 聡 2000 「敲石と石器製作」『旧石器考古学』60 pp.69-81
村井大海 2013 「石器製作における敲石-新潟県荒川台遺跡における分布状況をもとに-」『法政考古学』第39集 pp.43-57
村井大海 2016 「東北地方における石刃石器群に伴う敲石の研究」『法政考古学』第42集 pp.1-34
山崎芳春 2007a 「遺跡内の出土位置・状況から推測する敲石の用途」『考古学ジャーナル』556 pp.16-19
山崎芳春 2007b 「石器集中部と敲石」『岩宿フォーラム2007 敲石・叩き石 予稿集』 pp.62-71
渡邊貴代 2007 「敲石研究の新視点-石器製作用敲石の認定基準について-」『旧石器考古学』69 pp.13-25

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?