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有舌(茎)尖頭器 【旧石器電子辞書】<ゆ>

                         大正大学 両角太一

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  2020.08.10 現在

【定義】
有舌(茎)尖頭器(ゆうぜつ(けい)せんとうき、以下、有舌尖頭)とは、日本列島における縄文時代草創期において、形態上、先端部(図1左)の反対側に突出した部分をもつ石器である。

図1 各部の呼称と分類(栗島1984より作成)

                           図1 有舌尖頭器の形態(栗島1984) 

【形態】
有舌尖頭器は、種々の形態・型式がある。ここでは栗島(1984)による型式分類(図1右)を参照しながら、指標とする資料の出土遺跡(①)、形態的特徴(②)、分布域(③)を記述する。
「立川系」:Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ・Ⅵ
①北海道磯谷郡蘭越町立川遺跡。②身部の両側縁は外湾し、途中で屈曲する部分がある。やや逆刺がみられ、丸みのある舌部をもつ。③北海道を中心に分布する。
「小瀬が沢系」;Ⅶ・Ⅷ・Ⅸ・Ⅹ・Ⅺ
①新潟県東蒲原郡阿賀町小瀬が沢洞窟。②身部の両側縁が直線的で、鋸歯状の剝離なすものがある。逆刺が顕著にみられ、先細りの舌部をもつ。③東北地方から近畿地方に分布する。
「柳又系」:Ⅻ・XIII・XIV・XV・XVI・XVII・XVIII
①長野県西筑摩郡開田村柳又遺跡。②身部の両側縁は外湾し、幅広で比較的短い。逆刺が顕著なものと、そうでないものが存在し、逆三角形状の舌部をもつ。③中部地方から四国・九州地方に分布する。
「花見山系」:図2
①神奈川県横浜市花見山遺跡。②身部の両側縁がやや内湾し、先細りの長い舌部をもつ。外形が十字状を成し、小型品が多い。③東日本を中心に分布する。

図2 花見山遺跡出土の有舌尖頭器(坂本他より作成)


       図2 花見山遺跡の有舌尖頭器 (坂本ほか1995)

【機能】
有舌尖頭器は、主に刺突としての機能を有し、矢・ダート・手投げ槍の先端に装着されたと想定されている。
【時期】
 縄文時代草創期。地質年代では後期更新世末期(約16,000~11,500 cal BP)にあたり、最終氷期後の温暖期(ベーリング/アレレード期)に多用される。
【主な研究】
有舌尖頭器は、後期旧石器時代と縄文時代の文化的関連や、縄文文化の起源、後期更新世末期における地球規模の環境変動を背景とした人類の適用行動といった主題を扱う上で重要な資料として注目されてきた。ここでは、近年の研究動向について概観する。
編年 1959年の北海道立川遺跡の発掘以降、基部形状や外形の違いを基準とした分類と、土器との共伴関係により全国的な集成がおこなわれた(栗島1984、芹沢1986、加藤1986、森嶋1986など)。栗島(1984)は、立川系有舌尖頭器と小瀬が沢系有舌尖頭器の類似に加え、柳又系は小瀬が沢系から形態変化したものと仮定し、北海道から九州へと南下する伝播関係を想定した。さらに、逆刺の段階的な発達という変遷観でこれを説明したことで有舌尖頭器の編年研究に大きな影響を与えた。
長井(2009)は、有舌尖頭器の石器扱い(註1)が本州・四国・九州と北海道とでまったく異なることから、一系統的的を想定する従来の学説を否定し、「石器づくりシステムを同じくしない文化的なホライズンが並立していた」(p.200)と指摘している。
資料数が格段に増加した昨今では、型式に含まれない資料(例図3)の発見や、異なる型式の共存関係も報告されている。
機能 有茎石鏃と有舌尖頭器の分類基準と機能差に関する考察(織笠2002、藤山2003)や、投射実験で石器に生じた衝撃剥離痕跡から出土遺物の機能を解釈する研究(御堂島1991)がある。また、刺突用石器の用途の推定について、TCSA(註2 )などの試験的な適用がある(田村2011、御堂島2015など)製作・技術 長井(2009)の動作連鎖に基づく石器作りの実験的研究、その他、石器の加熱処理における小瀬が沢洞窟の事例(御堂島2017)などがある。

図 3 千早原遺跡出土の有舌尖頭器(堤2020より引用)


       図3 千早原(ちはやっぱら)遺跡の有舌尖頭器(堤2020)


(1) 「石器扱い」とは、長井謙治が、アンドレ・ルロア=グーランによる動作連鎖―連鎖する技術的な振る舞い(sequential technical operations)―の概念に基づき、石器づくりの実験考古学から推論し、考古資料で解釈した「石器と作り手の位置関係を問題とした作り手の性向」([2009],p.200)のことである(長井2009,pp.73-74参照)。
(2)  TCSAとは、Tip cross-sectional areaの略称で、石器の横方向の断面積をいう(Shea2006)。TCSAの算出方法[TCSA=1/2×最大幅×最大厚]をもとに、民族資料により得られたデータベースと、対象資料を比較類推することで計量的な狩猟具の判別が可能とされる(御堂島2015,p.6参照)。

参考文献
織笠昭 2002「花見山型有茎石鏃・有茎先頭器形態論」『地域考古学の展開―村田文夫先生還暦記念論文集―』pp.13-31
加藤稔 1986「関東・東北地方の有舌尖頭器」『考古学ジャーナル』No.258:pp.11-15
栗島義明 1984「有舌尖頭器の型式変遷とその伝播」『駿台史学』62:pp.50-82
坂本彰・鈴木重信・倉沢和子 1995『花見山遺跡』港北ニュータウン地域内埋蔵文化財調査報告ⅩⅥ:pp.364
芹沢長介 1986「有舌尖頭器について」『考古学ジャーナル』No.258:pp.2-5
田村隆 2011「旧石器時代から縄文時代の狩りの道具」『貝塚』67:pp.1-31
堤 隆 2020「千早原遺跡の有茎尖頭器」『資源環境と人類』第10号:pp.55-57
長井謙治 2009『石器づくりの実験考古学―実験考古学と縄文時代のはじまり―』pp.193-198
藤山龍造 2003「石鏃出現期における狩猟具の様相―有舌尖頭器を中心として―」『考古学研究』第50巻第2号:pp.65-84
御堂島正 1991「石鏃と有舌尖頭器の衝撃剥離」『古代』92:pp.79-97
御堂島正 2015「ダートか矢か―石器の計量的属性に基づく狩猟具の判別―」『神奈川考古』51:pp.1-20
御堂島正 2017「石器の加熱処理と小瀬ヶ沢洞窟の石器」『山本暉久先生古稀記念論集―二十一世紀考古学の現在』pp.267-276
森嶋稔 1986「本州中央部の有舌尖頭器」『考古学ジャーナル』No.258:pp.16-20
Shea, J. J.  2006 The Origins of Lithic Projectile Point Technology: Evidence from Africa, the Levant, and Europe, Journal of Archaeological Science 33: 823-846.



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