こころの情報学

書評_34

松川研究室B2 志磨純平

書籍情報

書籍:こころの情報学
著者:西垣通
出版社 ‏ : ‎ ちくま新書 (1999/6/20 初版)

本の概要

本書では、<情報>という概念を用いてヒトの<心>を捉えていくことを試みられている。

著者の紹介

1948年生まれ。現在東京大学大学院情報学環教授。工学博士。
理系と文系を横断的する新しい情報学の構築を目指している。
主な著書に「基礎情報学」「ウェブ社会をどう生きるか」「デジタル・ナルシス」「ネットとリアルのあいだ」がある。

<情報>とは

<情報>はさまざまな領域で定義されてきた。
代表的なものとして工学的な<情報>,社会学的な<情報>が挙げられる。

工学的な<情報>

工学的な情報は、丁半博打で丁が出るのか半が出るのか、というような出現確率が等しいふたつの場合のうちどちらが出たのかという伝達を基礎にした、

「(複数の場合のうちで)どれが起きたのか教えてくれるもの」

こころの情報学p19

であり、情報量は"複数の場合"の各場合の生起確率によって定められる。
ここでは非機械的な「意味内容」は捨象されている。本書ではこれを<機械情報>
と呼んでいる。

社会学的な<情報>

社会学的な<情報>は機械情報で抜け落ちた、文字で言う単語や文章での意味内容を含んだ定義がされている。ここでは社会学者吉田民人による定義を挙げる。
吉田は<情報>を最広義、広義、狭義、最狭義と言う4つのレベルで定義している。

まず、最広義の情報とは「パターン」である。
風が吹いた後の砂浜に残る紋様や新陳代謝で日々入れ替わりつつも形を保っている爪のような、他のパターンとの差異によって出現するものを情報として捉えている。

広義の情報は「生命現象に関わるパターン」である。
遺伝情報に基づいてタンパク質の合成など多様なパターンが生成、制御、保持、変容、消滅されていくこれを指している。
ここで<記号>と<意味>作用という関係が現れる。例えば、DNAの配列は<記号>であり、それに基づいて生成されるタンパク質は<意味>というように。

狭義の情報は人間社会に関連するものである。
言語をはじめとした人為的な意味作用を伴う<記号>の体系を指してる。
狭義の情報は、<伝達><蓄積><処理>という3つの働きと、<認知><指令><評価>という3つの機能を有している。

最狭義の情報は日常生活で使ういわゆる情報である。
これは狭義の情報での<伝達>という役割と<認知>という機能のみに着目されている。


情報は<認知=意味>作用において論じることができ、「パターン」は何らかの生命活動に関わる意味作用に伴って出現する。つまり、情報は生命が出現したと同時に生まれたと考えることができる。

生物は情報の処理加工を、自分の意味解釈する情報系を用いて、「伝達された情報を意味を解釈し蓄積し処理加工されて再び伝達される」というサイクルで行っていて、これによって情報系自体も変化していく。これを踏まえて本書で定義する情報とは

それによって生物がパターンを作り出すパターン

こころの情報学p32

とする。

社会情報のプロセスとしての心

<心>は、<意識>に基づく認知を行うというそのもののプロセスを指す。
この時、プロセスにおいて処理されていく情報の種類として、<生命情報>では広すぎるので、ヒトの<心>に直接関連する<生命情報>に限ったものを<社会情報>と定義する。
<社会情報>は上で述べてきたような認知指令評価のような人間社会の中の枠組み内にあるものではなく、多様な<生命情報>がヒトの生物学的特性と伴って現れるものであり、規範化権力を伴った言語体系が<社会情報>の典型である。

機械の心

機械の心とヒトの心の隔たり

人工知能の研究の歴史の中で生まれた「フレーム問題」がある。
これはコンピューターに文脈や状況を理解させてコンピューターに状況に応じた判断をいかにさせるかというものである。
しかし、研究において記号の論理操作のみでこの問題を解くことはできない。それはヒトは歴史的文化的に構築されてきた先入観に基づいて文脈を判断するという自己循環的なシステムで解釈をおこなっているからである。

オートポイエーシス

神経系から認知活動の本質を捉えようと試みる。ウンベルト・マチュラーナによれば神経系は相互に補完し合う閉じたネットワークであり、自己回帰的、自己言及的に自らのシステムを作り上げていく、これをオートポエイシス・システムといい、これにより生物の認知活動を理解するためには内側からのアプローチがひつようということがわかった。
つまり心は歴史性を踏まえて形成される自己循環的な閉鎖系であり、客観的な実在世界の記号表層の操作で捉えることができない。

動物の心

心的システム

動物の心を捉えていく上で、心的システムについて考える。
心的システムは遺伝や学習によって脳の中に記録されている情報と外界からの素情報の相互作用から「意味のある情報」が発現し、それを新たな学習として脳にフィードバックするという再起的な自己生成システムである。しかし、これは「ヒトの心」からは剥離していて進化の過程で徐々に発展したと考えられている。
物理学者のエリッヒ・ヤンツによれば心的システムには自己を存在させる「生体段階」、外部世界を内部世界に相互作用を用いて再構築していく「反照段階」、構築した内部世界に自分自身を構築していく「自省段階」があると述べている。

実際の検証を通じてはっきりしたこと

・鳥類や哺乳類にはヒトの心に近い心的システムを有していて、それによって周囲環境に応じた行動やコミュニケーションをしていると考えられる
・特に類人猿は強い動機さえあれば基礎的な単語を用いたコミュニケーションが取れる

チンパンジーの群れの考察を経て、群れの中で互いに関係を結ぶために音声言語は発生したと推察される。ここで相手の出方を予測しその中で最も有利や行動を行うというような自省段階が発達し霊長類の新皮質が発達していった。

ヒトの心

アフォーダンス理論とオートポエイシス

神経系が刺激に対応して情報を作り出していると考えられてきていたが、アフォーダンス理論はそれとは異なる情報の捉え方を示した。アフォーダンスとは、「周辺環境が自身に提供するものであり、床のアフォーダンスであれば「支えること」である。これは環境世界にあるあまたの情報から不変的な情報を抽出することでアフォーダンスが特定される」というものである。アフォーダンス理論によれば情報は外部環境にすでに存在していてそれを直接知覚することでアフォーダンスを特定し情報を生成していると考える。しかし、これでは<情報>は生命の発生とともに出現するとする考え方とは矛盾が発生する。ここでアフォーダンス理論とオートポエイシス・システムが互いに補完し合うと考えるとこれは解消される。それは、アフォーダンス理論の客観的に存在する情報を観察者が抽出するという部分を観察者の行動に伴って情報が出現するいうふうに読み替えてオートポエイシスの閉鎖系のシステムに現実的物理的な「抵抗」のフィードバックをアフォーダンスが支えているというものである。

サイバーな心

近代的なヒトの心は「機械の心」を作ろうとする動物の心であった。これは理性的・合理的な存在を目指した姿勢を指すのだが、情報化社会では近代で抑圧されてきた「身体性」や「感性」が復権するという。また、情報化社会は技術、経済の領域では近代的な形式論理化、抽象化が進んで、消費文化の領域において身体化・完成化が進んでいく二重社会になっていくという。
この情報化社会によって意味内容をもたない機械情報が氾濫するようになり、現代人の思考は短絡的なものとなり根源的な価値観を失いつつある。
社会情報の代表格の言語の持つ「言葉の力」が機械情報の氾濫によって衰えている。

本書を読んで

本書では生物は生命情報を「内側から」歴史に沿って見ているというオートポイエーシス理論と既に環境世界に存在する情報を生命が抽出しているというアフォーダンス理論という対立した理論において、オートポイエーシス理論での認知システムの過去の経験への依存を強調したあまりに、観察者の行動の空間的な適合への言及がされていない部分を、アフォーダンス理論における「あらかじめ環境世界に情報が存在している」という部分を捨象し、素情報の得方に関する理論とみなして補完している。

これらの議論をかたちのかちはどこに宿るのかというように読み替えた時、オートポイエーシス理論はかたちのかちは「ヒトの心に宿る」理論と言え、アフォーダンス理論はかたちのかちは「かたちに宿る」理論と言えるだろう。そしてこの二項対立的な理論と議論から脱出するのが、上に挙げた本書で提案されているオートポイエーシス理論とアフォーダンス理論を相互補完的な関係に読み替えて組み合わせられた理論である。

これは両者を包含し立ち位置としてそれぞれの理論の間に位置付けられる、というように記述されているが、筆者はオートポイエーシス理論における空間的整合性をアフォーダンス理論の一部を用いて補完しただけであり、結論として「ヒトの心に宿る」という立場であるように思えた、この部分に関して議論したい。

議論したいこと

オートポイエーシス理論とアフォーダンス理論の二項対立関係を止揚した西垣さんの理論を踏まえた上で

・かたちのかちは「ヒトの心に宿る」
・かたちのかちは「かたちに宿る」

という立場に分かれて議論したい



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