オートポイエーシスの世界ー新しい世界の見方

書評_026
松川研究室M1 渡辺顕人

書籍情報
書籍:オートポイエーシスの世界新しい世界の見方
著者:山下和也
出版社 ‏ : ‎ 近代文芸社 (2004/12/10)


オートポイエーシス・システム

今回の書評ではオートポイエーシス・システムの概念編を主に扱う。
オートポイエーシスという言葉は1970年代にチリの神経生理学者ウンベルト・マトゥラーナによってギリシャ語で自己を表す「アウト」と創作・産出を意味する「ポイエーシス」を組み合わせて作られた造語である。日本語では「自己産出」や「自己創出」、「自己生産」などと訳されている。そして、オートポイエーシスを原理とするシステムを「オートポイエーシス・システム」と呼んでいる。もともとは、マトゥラーナとその共同研究者であるフランシスコ・ヴァレラによって生命を定義するための生物学の理論として提唱された。


オートポイエーシス・システムの位置付け

オートポイエーシス・システムの位置付けとして日本におけるオートポイエーシス研究の第一人者である河本英夫の区分を参照する[1]。生命のような複雑なシステムの構成を扱う学問分野を、一般システム論というが、河本によると、システム論は大きく3世代に大別され、オートポイエーシスは第3世代のシステム論として位置付けられている。それぞれのシステム論の概要と世代ごとの違いを以下のようにまとめる。

第1世代:動的平衡系
動的平衡とは新陳代謝しながらも自己を維持している状態。動的平衡について福岡伸一は、「生命とは動的平衡にある流れである」と表現している。動的平衡とは、絶え間ない流れの中で一種のバランスが取れた状態のことであるとされる[2]。
動的平衡系では、入力と出力の流れの中で、持続的にゆらぎを解消しながら自己維持する点に焦点があてられるが、全体性がどのように生じるかについては特筆されていない。

画像3

https://www.fukuokashinichi.com/


第2世代:自己組織化
物質や個体が、系全体を俯瞰する能力を持たないのにも関わらず、個々の自律的な振る舞いの結果として、秩序を持つ大きな構造を作り出す現象のこと。ベナール対流やライフゲームのように、部分的なルールによって自立的に大きな構造が創発する現象。
自己組織化によって、動的平衡系において先験的に与えられていた全体性の問題を克服することに成功したが、システムが作動する領域が先験的に与えられる必要がある。

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https://www.cfs.chiba-u.jp/koudai-renkei/information/files/zisetu2.pdf
http://vivi.dyndns.org/games/LifeGame/


第3世代:オートポイエーシス
生物が自己の細胞や子孫という個体を自己循環的に作り出すことにより存在しつづける性質を説明しようとして生み出された。オートポイエーシスによって、システムが作動する領域と環境を区別する境界を自律的に産出する機構が提示された点が、自己組織化からの大きな前進であると言える。


オートポイエーシス・システムの定義

オートポイエーシス・システムの定義は現在も明確に定められたものはなく、様々な解釈が展開している。そこで一度、山下、マトゥラーナ、河本のそれぞれの定義を列挙する。

山下和也
オートポイエーシス・システムとは、閉域形成に参与する産出物を構成素と呼び。構成素の産出プロセスのはたらきのネットワーク連鎖が作る自己完結的な閉域である。
マトゥラーナ
オートポイエティック・マシンとは、構成素が構成素を産出するという産出(変形および破壊)過程のネットワークとして、有機的に構成(単位体として規定)された機械である。このとき構成素は、次のような特徴を持つ。(i)変換と相互作用を通じて、自己を産出するプロセス(関係)のネットワークを、絶えず再生産し実現する、(ii)ネットワーク(機械)を空間に具体的な単位体として構成し、またその空間内において構成素は、ネットワークが実現する位相的領域を特定することによってみずからが存在する。[3]
河本英夫
オートポイエーシス・システムとは、反復的に要素を産出するという産出(変形および破壊)過程のネットワークとして、有機的に構成(単位体として規定)されたシステムである。(i)反復的に産出された要素が変換と相互作用をつうじて、要素そのものを産出するプロセス(関係)のネットワークをさらに作動させたとき、この要素をシステムの構成素という。構成素はシステムをさらに作動させることによって、システムの構成素であり、システムの作動をつうじてシステムの要素の範囲(Sich)が定まる。(ii)構成素の系列が、産出的作動と構成素間の運動や物性をつうじて閉域をなしたとき、そのことによってネットワーク(システム)は具体的単位体となり、固有領域を形成し位相化する。このときに連続的に形成される閉域(Selbst)によって張り出された空間が、システムの位相空間であり、システムにとっての空間である。[4]

いずれも難解だが共通しているのは、構成素が構成素を産出しその産出プロセスが閉鎖系(境界)を作るということだろう。
本書自体図版はないが、言葉で説明されても、さっぱり理解できないのでマトゥラーナとヴァレラが示したオートポイエーシスが自ら環境から独立した境界を産出する様子の模式図を元に、無理矢理筆者が図式化を試みる。

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マトゥラーナ・ヴァレラの模式図[5]

画像4

筆者模式図
赤:構成素(環境との相互浸透あり)
青:構成素の産出プロセスの閉域(オートポイエーシス・システム)

また、オートポイエーシス・システムはアロポイエーシス・システムと対比して考えると理解しやすい。アロポイエーシスとは「他のものに産出される」という意味がある。つまり必ず製作者がいるシステムである。ほぼ人工物全てがアロポイエーシ・スシステムであり、例えば、自動車は、自動車を作り出すためにエンジンやハンドルなどの部品を用いるが、それら構成要素を自ら産出することはない。また、機械は止まっても消失することがないように、構造が作動の仕方を決定する。逆にオートポイエーシス・システムでは作動することで構成素が産出され構造が出来上がる。生きものが、その構成素である細胞を生産し続けることによって生き続け、細胞を生産できなくなれば死に至ることを考えれば分かりやすいだろう。


システムの4つの性質

個体性
1つのオートポイエーシス・システムにおいて、その産出プロセスの閉域が成立した時1つの個体であり。一度成立したプロセスの閉域は、同じ閉域を保つかぎり自己同一性を保つ。

単位体としての境界の自己決定
境界の自己決定とは、このシステムが自分と自分でないものを自分で区別するため、自己と環境の境界を自分で決定しすること。

自律性
構成素はシステムには属さないためシステムを外部から思い通りにコントロールすることはできず、環境からの浸透による間接的な影響をもたらすことしかできない。

入力・出力の不在
実際には、オートポイエーシス・システムは、環境から多くのエネルギーを取り込んでいる様に見える。しかし、それは、直接ではなくオートポイエーシス内での多様な生成過程があって、多様な自己の構成要素が産出されてゆく。その全てが、元のオートポイエーシスになるのではなく、取り込まれるものと、廃棄されるものがあり、機械的な入力に対して決められた出力をする訳ではないということである。


本書を読んで

本書を読んで、今まで深く考えたことがなかった生命の定義というものが、境界を自己産出するということに自分の中では落ち着いた。また、河本英夫のシステム論の世代区分のように生命性にもいくつかのレベルがあるように感じた。建築デザインの中でも自然や生命がコンセプトに掲げられることは多くあり、私自身もそういった題材を扱うこともあったが、表面的な形だけを模倣するだけでなく、その背後にあるシステムに重きを置きたいと感じた。また、それを人が使う建築の価値と注意深く適合させていきたい。
今回はオートポイエーシス・システムの概念編のみ扱ったが、意識のオートポイエーシス・社会のオートポイエーシスといった内容も本書には含まれている。興味がある方がいたら読んでみてほしい。


議題

「生命システムが世代交代を経ながらも固有性を維持しているように組織(研究室等)を維持するにはどのように運営するか」


参考文献

1. 河本英夫「オートポイエーシス 第3世代」
2. 福岡伸一「動的平衡2」
3,4. オートポイエーシスの定義
https://nora-scholar.net/autopoiesis/concept/property/
5.マトゥラーナ模式図 http://www2.mizuho-c.ac.jp/library/images/library/kiyo_02/amckiyo-no02-02.pdf

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